第76話 【暗雲の出陣】今川軍の侵攻と信行の思惑
志賀城へ戻ってからの日々は、まさに血のにじむような訓練とレベリングの連続だった。
伝説の魔獣・神馬ニルが生み出した子供たち――スレイプニルハーフを手に入れたことで、我が軍の移動速度と機動力をはじめとする戦力は異次元の領域へと跳ね上がった。遠方の未開拓ダンジョンや強大なモンスターが巣食う密林へと遠征を繰り返し、騎馬戦の訓練も完璧に仕上げていく。
さらに、俺が現代知識と魔導技術を組み合わせて進めていた鉄砲の改良もついに完成を見た。銃身の内部に螺旋状の溝を刻み込んだ『ライフル』だ。射程距離、命中精度、そして威力のすべてが従来の火縄銃とは比べものにならない悪魔の兵器へと進化を遂げた。
新しく俺の側室となった吉乃も、弓の名手であるゆずも、そして相棒となったスレイプニルハーフたちも、俺と共に連日狩りに励み、目を見張るほどの勢いでレベルアップを重ねている。
そんな折、我が軍の裏の情報を一手に担う忍びの長・饗談から、緊急の報せが入った。
「信長様、重大な報せにございます。駿河の今川軍が西三河へ牙を剥き、松平家に属する長尾氏の大浜城へ侵攻いたしました。敵の規模はおよそ二千にございます」
「ふむ……ついに動き出したか。よし、いつでも戦えるよう出陣の準備を整えるぞ。行くぞ、みんな!」
俺たちは、最新のライフルを装備した根来鉄砲衆五十人を伴い、最強のチート家臣団を含む総勢七十余名で志賀城を出陣した。
一方、その頃――。
織田家の当主・織田信秀の居城である古渡城の一室では、重苦しい雰囲気の中で四人の人物が膝を突き合わせ、密談を交わしていた。
織田信行、柴田勝家、林秀貞、そして信長の生母・土田御前である。
「今川軍が西三河へ侵攻してきたな……」
柴田勝家は、那古野城から駆けつけた林秀貞に向かって重々しく切り出した。
「うむ。手元の報せでは、敵の規模はおよそ二千と聞いている」
「秀貞殿、奴らは本格的な尾張侵攻を狙っていると思うか?」
「いや、敵陣に今川家の名だたる有力武将の姿はないらしい。本格的な尾張侵攻というよりは、本格的な侵略に先立つ威力偵察、あるいは威嚇の類いだろう。主君・信秀様も、敵が尾張の領内に立ち入るまでは動かぬ構えのようだしな」
「おう、俺もそう踏んでいる。……信行様、ここで一つ、進言がございます」
柴田勝家は、まだ幼さの残る信行へ向かってギラついた目を向けた。
「あの『大うつけ』と追放された信長殿の家督相続の目を完全に潰し、織田家の家臣団へ『信行ここにあり』とその武威を示せば、次期家督相続は確定いたしましょう。今すぐ出陣し、今川軍を叩き潰してはいかがでしょうか」
「ふむ……それは良い手だな。武功を立てる絶好の機会だ。秀貞、お前はどう思う?」
この時、信長の弟である織田信行は、信長より一つ年下の十三歳。元服を終えたばかりで、己の力を誇示したい盛りの年頃であった。
「はい。信行様が総大将としてお出陣されるのであれば、私が守る那古野城からも即座に兵を出陣させましょう」
「うむ、頼もしいぞ。……母上は、どう思われますか?」
信行は、隣で静かに話を聞いていた母・土田御前に意見を求めた。
「そうねぇ……。勝家、秀貞、出陣できる兵の数はどれほどになるの?」
土田御前が尋ねると、勝家が胸を張って答えた。
「我が古渡の兵を含め、七百は出陣させられます」
「那古野城からは、三百を何とか捻出いたしましょう」
「合わせて千人ね……。相手の二千に対して半数の兵力だけど、本当に大丈夫なのですか?」
不安げな表情を浮かべる母に対し、手柄を立てて織田家での立場を揺るぎないものにしたい柴田勝家は、強気に言葉を重ねた。
「ご安心くだされ。敵の二千全員が一挙に出陣してくるとは思えませぬ。精々千五百といったところでしょう。有力な将もおりませぬゆえ、奇襲を仕掛ければ何ら問題はございません。それに……万が一の場合であっても、信行様がお持ちの『あの切り札』さえあれば、敵など一気になぎ払えます」
「そうね……。信行に怪我がないことだけを徹底できるのであれば、信秀様へ出陣の許しを願い出ても良いでしょう」
「勿論にございます! この柴田勝家、命に代えても信行様に傷一つつけさせはいたしませぬ!」
「よし、では出陣しよう! 勝家、秀貞、武功を立てるぞ!」
「「御意ッ!」」
こうして織田信行の軍勢は、信行を総大将に戴き、重臣・柴田勝家が実質的な指揮を執る形で古渡城を威風堂々と出陣した。
那古野城からの三百に加え、息子の初陣を案じた織田信秀からの増援五百も加わり、信行軍は総勢千五百の軍勢へと膨れ上がっていた。
信行軍が目標である大浜城へ向かって進軍していくと、それに合わせるように大浜城の城門が開き、今川軍が出撃してきた。今川軍の数は二千。
三河の広大な平野にて、信行率いる織田軍千五百と、今川軍二千が正面から激突する野戦の火蓋が、ついに切って落とされたのだった。




