第75話 【神馬ニル】生駒家心服と新しき誓い
「何人たりとも触れることすら許されぬあの『主様』をぉぉッ!? な、撫で回しておられるなんてっ! 信じられぬ……あり得んことだ……っ!」
生駒家当主・生駒家宗が、顎が外れんばかりに口を大きく開け、絶句しながら叫んだ。
「え? 撫でないの? 馬って定期的にブラッシングしたり手入れしてあげないと、毛並みがボサボサになっちゃうでしょ」
俺が至極当然のように首をかしげると、家宗は汗を拭いながら必死に頭を振った。
「そ、それは普通の馬の話でございますッ! あの『主様』に直に触れた者など、この生駒家の長い歴史の中でただの一人もおりません! 過去の歴代当主たちですら、遠くから拝むのが精一杯だったのですぞ……!?」
「へぇー、そうなんだ。……ところで家宗殿、俺はこの『主様』を買い取りたいんだけど、良いよね? 本人も俺についていくって納得してくれてるし」
さすがに『固有スキルでテイムして完全な眷属にしました』なんて言っても理解されないだろうから、普通に買い取る形で話を進めようとしたのだが――。
「い、いえいえッ! 『主様』は当家の売り物などではございませんッ! 『主様』は神聖なる存在であり、どこまでも自由であられるのです!」
「そっかぁ。売り物じゃないなら仕方ないね」
俺は納得し、すぐさま心の中でスレイプニルに念話のチャンネルを繋いだ。
(主様、アンタの子供たちを俺の家臣たちの相棒にしたいんだが、乗らせてもらっても構わないか?)
(ふん……我の愛しき子らに乗れるだけの気概と器がある者ならば、自由に試してみるが良い。好きにするが良いぞ)
(助かるよ、ありがとう!)
念話での快諾を得た俺は、自信満々に家宗へ向き直った。
「んじゃ、主様の子供たちを買い取らせてくれ!」
「こ、子供たちも当家の売り物というわけでは……」
「ん~、細かい交渉は任せた! 帰蝶、よろしく! お金は相場よりもかなり多めにドンと払っておいてね」
「任されたわッ! アタイの腕の見せ所ね! 家宗殿、商売の話を始めましょうかッ!」
帰蝶が意気揚々と家宗との商談に入った、まさにその隙をついて――。
「よし! みんな、主様の子供たちに乗ってもらうから、自分が乗る相棒を自分で選べ! 早い者勝ちだぞッ!」
「「「おおおおおおおおおおおッ!!!!!」」」
俺が声を張り上げた瞬間、最強の家臣たちが地響きのような雄叫びをあげ、一斉に目当ての八本脚の神馬たちへ向かって猛ダッシュを開始した。
「ええっ!? ちょっと待ってよッ!? アタイだって自分で乗る可愛い馬を選びたいんだからッ! 家宗様、商談は後ッ! ちょっと待っててねッ!」
帰蝶も商談を投げ出し、スカートの裾をグッと持ち上げて目当ての神馬のもとへ脱兎のごとく走っていった。
「おうッ! 一番でっかくて強そうなお前に決めたぞ! 俺の最強の相棒になれッ!」
「ガハハハッ! 一番凶暴で暴れん坊のお前に乗ってやるぜ! 拒否は絶対に許さんからなッ!」
「ふむ、君の毛並みは実に美しい。君に決めたよ」
「お前が俺の相棒になるっす! 一緒に戦場を駆け抜けるっすよ!」
「おいおいおいッ! 逃げるなよなぁ! 俺の射撃のパートナーになってくれッ!」
「我が槍の冴えに応える名馬よ、頼むぞ」
「僕を乗せて! お願いだから相棒になってよッ!」
「…………」
新免無二、杉谷善住坊、滝川慶次、恒興、ゆずたちが、それぞれ神馬たちに情熱的な声をかけ、心を通わせようと奮闘している。無言の佐々木小次郎や林崎甚助も、静かに馬の鼻先へ手を伸ばしていた。
「ふふっ、皆様本当に賑やかで楽しそうですね」
吉乃がその光景を眺め、鈴を転がすような美しい笑顔でクスリと微笑んだ。
「吉乃ちゃん、あなたもボーッとしていないで、自分の分を決めてきた方が良いわよぉ。ねぇ、家宗様?」
養徳院が優しく微笑みながら吉乃に助言し、すぐ隣に立つ家宗へ同意を求めた。
「ああ……そうだな。吉乃、覚悟を決めなさい。お前は本日より、信長様の側室となることが決まった」
「えっ……? え、えええええええええええッ!?」
吉乃は驚愕のあまり綺麗な目を丸くし、信じられないという表情で俺の顔を凝視した。
俺は照れくささを隠しながら、ニッコリと爽やかな笑顔を向け、白くしなやかな吉乃の手へそっと自分の手を差し出した。
「吉乃、これからよろしくね」
「は、はい……! こちらこそ、未熟者ですが末永くよろしくお願い申し上げます……!」
吉乃は頬をぽっと桜色に染め、俺の手をぎゅっと握り返してくれた。
(よしッ! 最高に美しい側室をゲットだ!)
心の中で大歓声をあげつつ、俺は隣に佇む巨大な神馬へ再び念話を送った。
(ところで主様、アンタの名前を教えてくれないか? いつまでも『主様』じゃ呼びにくいし、この牧場から連れ出したら『牧場の主』じゃなくなるだろ?)
(む……名か。吾輩には名などない。好きに呼ぶが良い)
(う~ん。スレイプニルだから……『ニル』にしよう! どうかな?)
(ふむ……まあ良いだろう。精々八十年程度の短い付き合いだ、好きに呼ぶがよい)
(気に入らないなら別の名前をいくらでも考えるよ?)
(いや、ニルで良い。気に入ったぞ、小僧)
(分かった。ニル、これからよろしくね!)
(おう、信長。こちらこそよろしく頼むぞ)
こうして俺は、最強の神馬騎馬隊の種馬となる伝説の魔獣ニルを獲得すると同時に、息をのむほど美しき側室・吉乃と、膨大な財力を誇る有力スポンサーを手に入れた。吉乃を側室に迎えるとともに、生駒家は本日をもって正式に我が志賀城主・織田信長勢力へと傘下入りすることが決定したのだ。
生駒家が俺の傘下に入った旨は、恐怖で失禁し腰を抜かしていた犬山城主・織田信清に対し、俺と家宗から容赦なく言い渡された。同時に、吉乃が俺の側室となる事実も突きつけられた。
「く、ぬぬぬ……ッ!」
信清は血が出るほど唇を噛み締め、悔しそうに俺を睨みつけてきたが、ニルが見せた圧倒的な神威と俺の凄まじい家臣団の威圧を目の当たりにしていたため、何一つ反論することはできなかった。最後には哀れなほど落胆した悲しそうな顔を浮かべ、トボトボと引き揚げていった。
なお、情けない信清は、生駒家宗の手によって犬山城へと送り届けられることになった。
「よし! 全員、自分の相棒に騎乗して志賀城へ帰還するぞ!」
俺たちは新しく相棒となった神馬の子供たちに跨がり、誇らしげに陣を組んだ。もちろん、吉乃も俺の馬の後ろに優しく乗せ、共に連れて帰る。彼女の生活道具や衣装などは、後から家宗が志賀城へ責任を持って届けてくれる手筈だ。
これで、すべての準備は完璧に整った。
最強の家臣団、異次元の神馬騎馬隊、そして潤沢な資金と美しい愛しい者たち。
あとは戦場で圧倒的な手柄を立て、この不条理な世界に天下布武の威光を轟かせるだけだ!




