第70話 【豪商生駒家】風を切る美しき乗馬服の乙女
犬山織田家に属する武家商人・生駒家へみんなで馬を買いに行こうとしたのだが、なぜか珍しく恒興が留守番をすると言い出した。
「おや、ツネが行かないなんて珍しいな。どうした? 体調でも悪いのか?」
「いや~……その~……」
恒興は指をモジモジと動かし、まるでトイレを極限まで我慢している子供のような怪しい態度をとっている。
「ツ~ネ~ちゃんッ!」
その瞬間、ゆったりとお茶を飲んでいた養徳院がスッと立ち上がり、恒興のすぐ隣へ歩み寄った。そして、怯える恒興の両手を優しく包み込み、母親の温もりでスリスリと撫で回し始めた。
「ツネちゃん、行かないと駄目よぉ。自分の持ち馬は武士にとって大切な宝であり、生涯を共にする最高の相棒ですよぉ。武士ならば是が非でも自分で選びに行かねばなりませんよぉ。折角、信長様が皆様の愛馬を買い与えてくださるのですからねぇ。行かないなんて信長様にも失礼――」
おや? いつの間にか、俺が全員の馬の代金を全額支払う流れにすり替わっているぞ。養徳院も本当におっとりした顔をして抜け目がないねぇ。まあ、志賀城下の貿易とダンジョン攻略で資金はうなるほど儲かっているから、最初から家臣全員に買い与えるつもりだったけれど。
圧倒的な母性から繰り出される養徳院の優しいお説教(※逃げ場なし)が始まった、その時――。
「行く! 行きます! 行くっすから手を離してくださいッ!」
恒興は半泣きになりながら養徳院の言葉を遮り、慌ててその手をサッと振り払った。そして、周囲に聞こえないような蚊の泣くような小声でボソリと呟く。
「だからイヤなんだよなぁ……母ちゃんと一緒は……過保護すぎて胃が痛くなるっす……」
その哀愁漂う舎弟の呟きは綺麗に無視して、俺は即座に命令を下した。
「よし、ツネ! 志賀城にいる戦闘要員の家臣全員に声をかけて来い!」
「はぁ~い、分かったっす……」
かくして、志賀城の頑丈な城門の後ろで、俺たちは出撃準備を整えたメンバーが集まるのを待っていた。
「ガハハハッ! 信長様ッ! 家臣全員に馬を買い与えてくださるなんて、相変わらず太っ腹で痺れるぜぇッ!」
いの一番にやって来たのは、最強のレベリングシステムに目を輝かせるバトル中毒の剣豪・新免無二だ。
「ふむ……馬に乗りながら、この超重量の特注鉄砲をぶっ放すのも一興だな」
巨躯を誇るサイクロプスの杉谷善住坊が、極厚の鉄砲を軽々と肩に担ぎながら豪快に歩いてきた。
「信長様、この度は私だけでなく、幼い息子・信綱の分まで馬をご用意くださるとは……感銘の極みにございます。この恩義、終生忘れませぬ」
真田幸隆が、まだ十歳の息子である信綱の頭を優しく撫でながら、深々と頭を下げた。
「よしよし、固苦しい挨拶はいいんだよ。みんなで最高の相棒を見つけに行こう」
その後からも、俺が誇るチート級の最強家臣たちがゾロゾロと集結してきた。
新免無二、杉谷善住坊、青山信昌、内藤勝介、池田恒興、滝川慶次、諸岡一羽、林崎甚助、鐘捲自斎、佐々木小次郎、平手久秀、平手汎秀、高坂昌信、木下藤吉郎、滝川一益、富田勢源、山本勘助、内藤昌豊、愛州小七郎、根津政直、真田幸隆、真田信綱。
総勢二十二名。一人ひとりが一国を滅ぼしかねない圧倒的な戦力とスキルを持つ、恐るべき猛者たちだ。
ここにヒロイン陣である帰蝶、ゆず、直子が華やかに加わる。
なお、果心居士先生は「ほっほっほ、儂は自分の乗り物を用意しておるからの」と怪しく微笑んでいるが、一体どんな恐ろしい魔獣を呼び出すつもりなのかは怖くて聞けない。
(※内政や知略を担当する平手政秀、沢彦宗恩、快川紹喜、海野棟綱は戦闘要員ではないため、志賀城の留守番である)
生駒家の屋敷や牧場は尾張の吉乃領(小折)に存在するが、全員で徒歩移動するには少々距離がある。そこで、異次元の魔法を操る果心居士、仙術使いの猿飛佐助、そして空間を跳ぶ石川五右衛門の三人に頼み込み、多重の転移術で順番に現地へと送ってもらった。
「うーむ、やっぱりこういう移動の時にこそ、全員分の高速な騎馬隊が必要だと痛感するな」
空間転移を終え、生駒家が所有する見渡す限りの広大な牧場へと到着した俺たち一行。
青々とした草むらが広がる牧場の向こうから、一頭の気品ある馬に乗った若い女性が、美しい長い黒髪を風に靡かせながらこちらへと駆け抜けてきた。
本来、馬の走撃には激しい上下動が伴うはずだ。しかし、彼女はしなやかな膝と体幹で見事に衝撃を吸収しているのか、まるで空間を水平に滑るような滑らかさで移動している。
パカッ、パカッ、と心地よい蹄の音を響かせ、彼女は俺たちのすぐ目の前で颯爽と馬から飛び降りた。
飛び降りた瞬間、艶やかな黒髪がふわりと風に舞い、彼女は軽く首を振ると、細くしなやかな指先で前髪をさっと掻き上げて整えた。
背筋がピシッと伸びた美しい姿勢。身体のラインを際立たせる洗練された乗馬服に身を包んだ、若く息をのむほどに美しい女性だ。
透き通るような白い肌、引き締まった切れ長の瞳、すっと筋の通った高い鼻、桜色の柔らかそうな唇、そして見る者を惹きつける爽やかな笑顔。乗馬用のジャケットの上からでもはっきりと主張している豊満な胸元と、乗馬ズボンの上からでも一目でわかる、キュッと引き締まった長い脚。
どこをどう切り取っても完璧すぎる美しさ。転生前の現代日本で、最高峰のアイドルやトップモデルと対面した時のような凄まじい衝撃が俺の全身を駆け抜けた。
歩み寄ってくる彼女……。
(うおっ……顔、ちっちゃあああああッ!?)
頭身のバランスがおかしすぎる。まるで画面から飛び出してきたパリコレのモデルだ。同じ人間とは思えないほどのスタイルと美貌に、俺は完全に圧倒されて固まってしまった。
「ようこそお越しくださいました。お客様でしょうか?」
凛とした鈴の鳴るような声。滑舌が恐ろしく良く、耳にスッと心地よく届く綺麗な声だ。
俺が見惚れて完全にフリーズしていると――。
「ちょっとぉッ!? アタイという最高の美少女が隣にいる前で、他の女に見惚れてんじゃないよ信長様ッ!」
「いい加減にしないと、僕も本当に怒るからねッ!? もう二度と抱っこさせてあげないぞッ!」
背後から、帰蝶の嫉妬に満ちた叫びと、ゆずの怒りの抗議の声が遠くから聞こえてくる。
(いやいや! 君たちはめちゃくちゃ可愛いよ! それは絶対に間違いない!)
成長すれば、目の前の女性にも勝るとも劣らない、いやまた違った魅力を解き放つ素晴らしい美少女になることは分かっている。
だが、俺は断じてロリコンではないのだ!
転生前の前世では三十歳の大人だった男だ。十代前半の幼い女子に本気でときめかないのは、男としての健全な精神であり、宇宙の真理なのだから仕方がないじゃないか!




