第69話 【愛馬調達】生駒家と秘蔵の魔獣
突然だが、戦場において圧倒的な機動力を発揮するためには、どうしても『馬』が必要だ。
歴史上の織田信長といえば、自ら最前線へと駆け出し、一騎駆けをも辞さない苛烈な男だった。そしてなにより、武田の無敵騎馬隊が示す通り、戦国時代において強力な騎馬隊を率いることは合戦の勝敗を決定づける超巨大なアドバンテージとなる。日本の歴史でも、信長は全国から名馬・駿馬を買い集めるほどの無類の馬好きだった……はずだ。
「というわけで……困った時の果心居士先生、出番だ!」
志賀城の豪華な応接間。テーブルを囲んで優雅にお茶をしばいていた俺たち六人――俺、帰蝶、直子、ゆず、養徳院、そして恒興。
俺はおもむろに立ち上がると、後ろにある誰もいない何もない壁に向かって大声で話しかけた。一見すると完全にヤバい奴だが、周囲のメンバーはいつものことと言わんばかりに一口お茶をすするだけで、誰もツッコミを入れない。完全に慣れきっている。
「信長様、馬を揃えるとおっしゃいましても、この近場でしたらやはり三河馬、木曽馬、あるいは甲斐馬あたりになりますでしょうか?」
帰蝶がゆったりと湯呑みを置き、隣に座る養徳院へ可憐に尋ねた。
「そうねぇ。距離だけで言えば三河馬が一番近いけれど、今の三河は織田家と対立している敵国だから、少々危険ねぇ」
「ふふっ、養徳院様。うちの信長様が、敵国だからと臆するようなタマでないことはお分かりでしょう?」
「あらぁ、相変わらず頼もしくて勇ましいのねぇ」
女たちの華やかな会話が弾む中、俺が話しかけていた壁の空間がぐにゃりと歪み、漆黒のローブを纏った白髪の老人が姿を現した。
「ほっほっほ……養徳院殿、そろそろ儂も会話の輪に入っても良いかね?」
「あらぁ! ごめんなさいね果心居士様、お喋りに夢中で気づかなくて。どうぞどうぞぉ」
「ほっほっほ、気にすることはない。……して、信長よ。ただの野生の駿馬で満足するつもりなのかね?」
「ん? 普通は馬だろ。何が言いたいんだ?」
「ほっほっほ、忘れたか? 主には異世界の魔獣を服従させる最高峰の能力【テイム】があるではないか。馬型のモンスターであれば、ペガサス、ユニコーン、バイコーン、ナイトメア、あるいはスレイプニルなど、選択肢は無限に存在するぞ」
果心居士の口からポンポンと飛び出すファンタジーな名前に、俺は思わず顎に手を当てて考え込んだ。
「なるほどなぁ……。でもユニコーンは純潔な処女しか背に乗せない偏屈な奴だろう? ペガサスは大きな羽が邪魔で乗りづらそうだし、戦闘中に羽を痛めたら終わりだ。バイコーンやナイトメアは全身から悪意のオーラを出しまくっていて、俺が乗ったら『魔王降臨!』みたいに見えて目立ちすぎる。……選ぶとしたら、北欧神話の軍馬スレイプニル一択だな! 足も八本あって走破性も抜群だろうし」
「ほっほっほ、スレイプニルか! 相変わらず面白く豪快な魔獣を選ぶな」
「ところで果心居士、スレイプニルって神の乗り物だし一頭しかいないんじゃないのか? 俺だけじゃなくて、控えている家臣たちの分も最強の騎馬隊として揃えたいんだが」
「ほっほっほ、神話の個体は知らんが、この異世界戦国にはスレイプニルという種族の魔獣がそれなりに繁殖しておるわ。ふむ、家臣たちの分も含めて大量に調達したいとなれば――」
「それなら、生駒家の屋敷へ向かえば解決いたしますわねぇ。あらぁ、果心居士様のお言葉を遮ってしまってごめんなさいねぇ」
養徳院が胸元に手を当て、おっとりとした笑みを浮かべて詫びる。
「ほっほっほ、構わんよ。儂もまったく同じ提案をしようとしていたところじゃからの」
「では、私から詳しく説明して差し上げますわねぇ。生駒家はねぇ、信秀様の弟である織田信康様の嫡男・織田信清様率いる『犬山織田家』に仕える武家商人なのよぉ。数年前に信康様が討ち死にされて、今は若い信清様が犬山織田家の家督を継いでおられるわぁ」
「ふ~ん。信清か……幼い頃に何度か会った記憶があるな。ただ、俺に対して『大うつけ』だと蔑むような目を向けていたし、あまり良い印象はないなぁ。上から目線で嫌味ったらしい、いけすかない野郎だった気がする」
「まあまあ、そうなのねぇ。ふふっ、なら私が一緒について行って差し上げるわぁ」
「えっ!? 養徳院が一緒に行くなんて珍しいじゃないか。志賀城の外へ出るなんて」
「私もねぇ、大好きな信長様の力になりたいのよぉ」
養徳院は優しく微笑むと、俺の手を両手で包み込むようにギュッと握り締めた。圧倒的な母性の温もりが手に伝わり、俺の心臓が一瞬で跳ね上がる。
「あ、ありがとう、養徳院……!」
「生駒家はねぇ、広大な牧場経営と、灰や油の流通で大成功を収めていて、尾張だけでなく飛騨や三河にまで広く商売の手を伸ばしているのよぉ。だから牧場には最高の三河馬や木曽馬、甲斐馬がいくらでも揃っているし……噂では、凄まじい力を持つ馬のモンスターも秘密裏に飼育しているらしいわぁ」
「ほっほっほ、その通り。生駒家が陰で秘蔵している極上の馬型モンスターこそ、まさにスレイプニルなのじゃよ」
「おおっ! マジかよ! 最高じゃないか! よし、みんなで生駒家の牧場へ乗り込むぞ! 各自、自分が一生の相棒にする馬を選ぶといい!」
「ふふッ、アタイも当然ついて行くよ! 信長様の隣は渡さないからね!」
帰蝶が目を輝かせ、毒ナイフの柄を弄りながら即座に挙手する。
「僕も行くぞ! 新しい馬に乗って、火薬の材料を探しに行きたいしね!」
ゆずも元気いっぱいに「僕」を主張しながらぴょんぴょんと跳ねる。
「直子も、お供する……。信長様と一緒に、風を切りたい……」
妖艶な美女の姿となった直子も、美しい足をくねらせながら妖しく微笑んだ。
賑やかになる場内で、ふと見ると一人だけ顔を青くして黙り込んでいる男がいた。恒興だ。
「ん? どうした恒興、お前は行かないのか?」
俺が声をかけると、恒興は青ざめた顔で力なく首を振り、切ない声でつぶやいた。
「俺……志賀城の留守番をするっす……」
「なんだよ恒興、珍しいな。お前が俺の外出に付いてこないなんて」
「いや……アニキ……。母上(養徳院)と、アタイさん(帰蝶)と、ゆずさんと、直子さんが全員揃って一緒に出かけるんすよね……? 途中でどんな修羅場やキャットファイトが巻き起こるか考えただけで、俺の胃に穴が開きそうなんすよ……! 俺は志賀城で大人しく筋トレしてるっす!」
あまりにも切実な舎弟の訴えに、俺は思わず苦笑いを浮かべざるを得なかった。
こうして俺たちは、最強の愛馬と魔獣スレイプニルを手に入れるため、豪商・生駒家が待つ広大な牧場へと向けて出発するのだった。




