第60話 最下層のパラダイスとダンジョン大拡張
俺、帰蝶、ゆず、池田恒興、そして果心居士の五人は、果心居士の転移術によってダンジョン『蟲の洞窟』の最下層へと瞬時に躍り出た。
しかし、転移を終えた直後――俺たちの視界に飛び込んできたのは、言語を絶するあまりにも衝撃的な光景だった。
そこは、まさに男の夢を具現化したような『天国』であった。
「おおおおおおおおおおおおっ!?」
恒興が目を見開き、今にも眼球が飛び出さんばかりの勢いで奇怪な歓声を上げる。
「ちょっとツネちゃん! うるさいわよっ!」
帰蝶が般若のような顔で怒鳴り散らすと、即座に俺の後ろから抱きつくようにして回り込み、両手のひらで俺の両目をぴったりと塞いできた。
「吉法師様、見ちゃダメえええええええっ!」
叫ぶ帰蝶の背後で、ゆずも頬を限界まで膨らませてぷんぷんと激怒している。
「吉法師様! いったいここは何なの!? 僕、自分の目を疑っちゃうよっ!」
無理もない。最下層の広大な空間では、数十人もの美しく可憐な少女たちが、なんと生まれたままの『全裸』の姿でズラリと立ち並び、一心不乱に機を織っていたのだ。
豊満でふっくらとした乳房が、機を織る規則的な運動に合わせてたわわに揺れ、その形を幾重にも変化させる。すらりと伸びた白い太ももと、機織り機の隙間から見え隠れする薄い茂みの秘部。
(クッ……! 目隠しされていない恒興の奴、ズルすぎるぞ……!)
俺が心の中で血の涙を流していたその時、ゆずが容赦なく恒興の後頭部へフルスイングのグーパンチを叩き込んだ。
ドカッ!!
「いつまで凝視してんのよ、このスケベッ!」
「いってぇぇぇっ!? だってゆずちゃん、男ならこんなもん絶対見ちゃうっすよ!?」
後頭部を押さえて地面にうずくまる恒興。その惨状を横目に、パタパタと足音を立ててこちらへ歩いてくる人物がいた。
「こんにちは。ようこそ、マスター」
やって来たのは、ダンジョンマスターの直子だった。よかった、直子はちゃんときらびやかな衣服を身に着けている。
帰蝶は俺の視界に全裸の少女たちが一切入らないよう、俺の身体を物理的にぐるりと回転させて直子の方へ向かせると、ツカツカと詰め寄って挨拶も早々に詰問を開始した。
「直子ちゃん、久しぶりね! って、そうじゃなくて! この子たちは一体何なの!? なんで全員素っ裸なのよーっ!?」
「アラクネです」
直子は至極あっけらかんとした表情で答える。
「だから! なんで全裸なのよって聞いてるの!」
「変ですか?」
「変に決まってるでしょ!? 自分たちで上質な布地を大量に作ってるんだから、自分の服くらい作って着せなさいよ!」
「そう……ですか。分かりました。着せます」
「あああっ……! 俺のパラダイスがぁぁ……っ!」
頭を押さえて地面に転がる恒興が、絶望の悲鳴をあげた。
(うん、分かるぞ恒興。その気持ちは実に痛いほど分かる。口に出したら帰蝶に殺されるから絶対に言わないけれど、俺も心の中では大同意だ)
俺は必死に冷静さを装い、コンコンと咳払いをして尋ねた。
「ん? 直子、アラクネの数が以前より激増していないか?」
「はい。私がアラクネクイーンへ進化・覚醒したことで、ダンジョンの管理機能を使ってアラクネを直接配置できるようになりました。彼女たちは機織りの作業を何よりの至福と感じる種族ですので、召喚すれば不眠不休で無限に上質な糸と布地を量産してくれます」
「なるほどな……! 今まで普通の蜘蛛たちがどうやって高度な機織りをしているのか不思議だったが、アラクネたちが作業を担当していたのか」
「はい、そういうことです」
会話がひと段落したタイミングで、ゆずが恐る恐る直子の前へ進み出た。
「あの……初めまして! 僕はゆずっていいます。よろしくね、直子さん」
「私は直子。よろしく」
直子は相変わらず感情の起伏が少ない素っ気ない態度だが、しっかりとゆずの挨拶に応じた。
「さて直子、実は今後の事業について重要な相談があるんだ。……ここでは『ツネ』の邪念と気が散って集中できないから、静かなダンジョン管理ルームへ移動しようか」
「承知しました」
一同は管理ルームへと移動し、俺は直子へ今後の『酒造り』および『大規模な生産ラインの構築』について切り出した。
「――というわけで、米焼酎の醸造プラントと、原料となる米を育てる田園をこのダンジョン内に作りたいんだが……可能か?」
「十分に可能です。ですが、現在の最下層をこれ以上横に拡張するのは構造上の強度問題が生じます。ですので、ダンジョンの階層そのものを下へ大きく増やします」
「えっ!? ダンジョンの階層って、そんな簡単に増やせるものなのか!?」
俺が驚くと、直子は淡々と頷いた。
「はい。マスターの家臣や兵たちが毎日熱心にダンジョンへ潜り、魔物を討伐してくれたおかげで、膨大な『ダンジョンポイント』が蓄積されています」
「あ、それならアタイも知ってるわ!」
帰蝶が思い出したようにポンと手を打った。
「志賀城の兵や家臣たちの間でね、『一人で一日どこまで深く潜れるか大会』みたいな競い合いが勝手に流行ってるのよ」
「ほうほう! それは面白いな。ちなみに現在の最高記録保持者は誰なんだ?」
「新免無二殿と滝川慶次殿のコンビよ。いま地下十七階まで到達しているわ。ただ、そこから先は強烈な大蟻の群れに行く手を阻まれて、体力が尽きちゃうみたいね」
「へぇ……! 富田勢源師範や愛洲小七郎殿よりも進んでいるのか。それはちょっと意外だな」
「ふふ、あの二人は新兵たちの剣術指導や防衛の任で忙しくて、あまりダンジョンアタックに参加できていないのよ」
「なるほど、納得だ。みんなが腕を磨いてくれているおかげでポイントが溜まっているんだな」
俺と帰蝶の会話が区切れた絶妙なタイミングで、直子が静かに告げた。
「吉法師様。蓄積ポイントを消費し、現在の階層を『地下三十階』まで一気に拡張します」
「おお、頼む! それで進めてくれ!」
「了解しました」
直子が管理用クリスタルに魔力を注ぎ込むと、地鳴りのような重低音が響き渡り、ダンジョン全体の構造が劇的に再構築されていった。
話し合いの結果、新設された地下三十階までの各階層の役割分担は以下のように決定した。
・地下三十階:ダンジョン管理エリア 兼 アラクネの機織り大工場
・地下二十九階:極上の糸・絹の専門生産エリア
・地下二十八階:大規模酒造所 兼 巨大酒蔵プラント
・地下二十七階:魔導水田(田んぼエリア)
・地下二十六階:広大な花畑エリア(蜂蜜および香料の採集)
・地下二十五階:トレント(樹木魔物)の巨大森林エリア
・地下二十四階:希少鉱石・魔鉱石の採掘場
・地下二十三階~二十一階:予備エリア(空きフロア)
・地下二十階:アラクネおよび巨大蜘蛛の防衛エリア
(空いている二十一階から二十三階の活用法か……。エルダートレントをダンジョンに引き込んだことでトレントを生成できるようになったみたいだし、今後は蟲系以外の強力なモンスターも順次スカウトして配置していくとしよう)
「よし……地下二十一階の空きフロアには、北伊勢の遠征で配下に加わって成長した強力な蟲たちを配置しよう。高い知能と完璧な連携攻撃を持つ彼らが守れば、どんな侵入者も絶対に突破できない鉄壁の層になるはずだ」
「了解しました。そのように配置します」
ダンジョンの構造改革という大仕事を終え、俺は直子の顔をじっと見つめた。
「直子、機織りの現場指導はアラクネたちに任せて、お前もたまには志賀城へ遊びに来ていいんだぞ?」
俺の言葉に、直子はほんのわずかに表情を和らげ、嬉しそうに頷いた。
「――承知いたしました、マスター」
こうして、戦国時代を揺るがす前代未聞の『魔導酒醸造プロジェクト』と『ダンジョン超拡張』が、静かに、そして確実に動き出したのだった。




