第55話 乙女たちの勘違いと紀州への道標
秘伝の火薬技術を持つダークエルフの超絶美少女錬金術師――ゆずを新しく仲間に加えた俺たちは、隠れ里の村長である坂百仏に見送られ、さらなる目的を目指して歩を進めていた。
「さて……坂氏との協力関係も結べたことだし、次は紀州の『根来』に向かうとしようか」
「えっ……!? ね、根来に行くの……!?」
俺の言葉に、隣を歩いていたゆずが大きな目を丸くして驚きの声を上げた。
「そうよ。根来の寺社勢力と交渉して、そのあと雑賀の鉄砲傭兵団へ向かう予定なの。ねっ、吉法師様?」
帰蝶が優しくゆずに教えてやったかと思うと、「ねっ」と甘い吐息を漏らしながら俺の左腕に自身の両腕を滑り込ませてきた。ぎゅっと抱きかかえるように腕を絡め、小首を傾げて上目遣いで俺を見つめてくる。完璧すぎる極上の仕草だ。
(あ、圧倒的な柔らかさが腕全体にダイレクトに伝わってくる……っ! 帰蝶さん、完全に胸が当たっているんですけど……!)
もはや毎度のことなので声には出さないが、俺の心臓は早鐘のように激しく鳴り響いていた。しかも問題なのは、新しく加入したゆずが、その光景を目を点にしてジーッと凝視していることだ。いたたた、いたたまれない……!
「そ、そうなんだよ。紀州の強力な火器戦力を味方につけるためにね」
俺が必死に動揺を隠して答えるが、ゆずの視線は俺の腕に密着する帰蝶の腕からまったく離れない。
「う、いいなぁ…………っ」
ゆずは羨ましそうに呟くと、キュッと曲げた右手の人差し指の第二関節を軽く口元に咥え、真っ赤になった顔を背けた。
どうやらゆずは根が純情で恥ずかしがり屋な性格らしく、自分から積極的なアプローチを仕掛けるのは苦手なようだ。というか、帰蝶の距離感と攻め気が桁違いすぎるのだ。こんな無自覚エロエロ小悪魔な美少女、普通の十二歳の世界に存在するはずがないだろう。可愛いから全否定はできないのが俺の男としての弱いところなのだが。
「なぁアニキ、ゆずさんはこのまま尾張の志賀城へ先に行って待っていてもらった方が良くないすか? これからの紀州への道中は、何が起きるか分からない危険地帯っすよ」
先頭を歩いていた恒興が振り返り、真顔で提案してくる。
「えっ!? い、イヤだ! 僕は絶対に吉法師様と一緒にいるんだからっ!」
ゆずは反射的に恒興へ向き直ると、眉をひそめてプクッと頬を膨らませて怒ってみせた。
「へぇ……かつては足手まとい筆頭だったツネが、今では新加入の仲間の身案じまでできるようになるとはなぁ。ツネも少しは成長したってことか」
「足手まといは余計っすよアニキ! 俺だって命懸けでレベル上げて強くなってるんすから!」
「ふふっ、ツネちゃん。ゆずちゃんはレベルがまだ低いんだから、吉法師様の近くにいて実戦の経験値を分配してもらい、レベルを上げるっていう考え方だってあるのよ?」
帰蝶が俺の腕にすりすりと頬を寄せながら、恒興に向かってふんわりと笑ってみせた。
「れ、レベル……?」
ゆずが不思議そうに小さく首を傾げて呟く。そういえば、この世界の住人にとって『ステータス』や『レベル』という的概念は、俺たち特定のスキル所持者にしか認識できない秘密なのだ。ゆずにも後でちゃんと説明しておかなければな。
「あー、確かにそうっすね! ゆずさんの安全を第一に考えるならレベル上げは必須っす。護衛を強化するために、志賀城から佐助か五右衛門を呼び寄せるっすか?」
「いや、佐助も五右衛門も忍びの頭領として、日課のダンジョン狩りや情報収集で手一杯だから無理だろう。今いるこのメンバーでしっかりフォローしながら進むしかないよ」
「なら、饗談の怪異を呼び出すって手もあるんじゃないすか?」
「おいおいツネ、これ以上召喚枠や身内の面倒事を増やす気かよ」
「それもそうっすねぇ」
「め、面倒事……?」
ゆずが再び不穏なワードを拾って呟いた。
「あら……面倒事だなんて、随分と冷たい言い草ですこと、吉法師様?」
突然、俺の腕を抱きかかえていた帰蝶の手にギギュッと力がこもった。怒りを孕んだ小悪魔の微笑みで、俺の顔を至近距離から覗き込んでくる。
「あ、いや……ごめん! 今のは俺の言葉選びが完全に良くなかったよ!」
即座に降伏! 言い訳は火に油を注ぐだけだ。素直に謝罪するのが命拾いへの最短ルートである。
「ダメですよ? 女の子の存在を『面倒』だなんて思っちゃ……ね?」
帰蝶は可愛らしく首を振ると、空いた方の手で俺の胸元をツンツンと小突いてきた。
「はい、申し訳ありませんでした……」
ここは全面降伏一択だ。女子の機嫌に関するトラブルは一刻も早く収束させるに限る。
「女子……」
ゆずがぽつりと呟き、何やら良からぬ妄想の世界へと思考を飛ばし始めたのが見えた。まずい、ゆずの中で何かが変な方向へ歪み始めている!
「ははは! でも饗談って言ったって、あれは女子どころか怨霊のゴーストっすからね!」
恒興が脳天気に笑いながら、最大の地雷をドカンと踏み抜いた。
(おいツネ! そこで会話を終わらせておけば平和に済んだのに、なんで余計な一言を足すんだよーっ!?)
「ツネちゃん! 種族や存在で差別をするのは感心しないわね。ゆずちゃんだって美しいダークエルフだし、ダンジョンマスターの直子ちゃんだってアラクネ(蜘蛛人)なのよ? それに直子ちゃんと初めて会った時、ツネちゃんはあんなに艶めかしい全裸の直子ちゃんに鼻血を出して欲情していたじゃない!」
「直子……っ、ぜ、全裸ぁぁっ!?」
ゆずがショックのあまり胸の前で両手を強く握り締め、ガタガタと震えながら立ち尽くした。
「うぐっ……! そ、それを言われるとぐうの音も出ないっすけど……! でもあの妖艶な姿を見せられたら、男なら誰だって見惚れるっすよ! あの時、吉法師様だって目を奪われてたんだから同罪っす!」
(なっ……!? おいツネぇぇぇーーっ!! それは今この場で一番言っちゃいけない不敬極まりない発言だろーっ!!)
俺は般若のような顔で恒興を猛烈に睨みつけたが、すでに時遅し。ゆずの視線が激しい絶望と羞恥混じりの色を帯びて俺へと注がれていた。
「き、吉法師様は……い、いったい普段から何人の女性を侍らせて……ど、どんなエ、エッチな体験を連日繰り広げているんですかぁぁぁーーっ!!」
ゆずが顔を真っ赤にして山々に響き渡るような大叫びを上げた。
「してない! 絶対にそんなエッチなことは一切してないからね!? 俺はまだ十二歳の健全な成長期の少年だぞ!?」
必死に弁明するが、一度燃え上がった少女の妄想の火を消すのは容易ではない。俺は助けを求めるように、隣の帰蝶へ縋るような視線を送った。
「ふふっ……吉法師様? これでアタイに大きな『貸し』が一つできましたわね……?」
帰蝶が俺の耳元に唇を寄せ、ゾクゾクするような甘く危険な声で囁いてきた。
「ゆずちゃん、おいで。吉法師様の『夜の秘密』について、アタイがイチから全部教えてあげるわ」
帰蝶は不敵な笑みを浮かべると、混乱するゆずの肩を優しく抱き寄せ、少し離れた木の影へと連れ去っていった。
「あ、あのね、ゆずちゃん。吉法師様はね……」
「えっ……あ、あの、そんな……っ!?」
影の向こうから、何やら怪しげなガールズトーク(?)のひそひそ話と、ゆずの悲鳴に近い赤面の声が漏れ聞こえてくる。
「やれやれ……おいおい、俺たちは一体いつになったら紀州の根来へ出発できるんだい?」
巨大な銃身を肩に担いだ杉谷善住坊が、呆れ果てたように深く溜息をついた。
「ほっほっほ、若さゆえの過ちと青春の苦悩というやつじゃな。微笑ましい限りではないか」
果心居士はいつものように白い髭を優しく撫でながら、悠々自適な笑みを浮かべて天空を仰ぐのだった。




