第54話 美しき錬金術師と新たな誓い
坂氏の村長である坂百仏の案内で静かな屋敷へと向かう途上、俺は傍らを歩く果心居士から坂一族のルーツについて話を聞いていた。
「ほっほっほ、坂九仏とその息子である坂十仏はな、かつて京で名を馳せた伝説的な医術の大家でな。特に息子の十仏は帝と将軍家の侍医を兼任し、さらには連歌師としても天下にその名を知られた高名な風流人であったのよ」
「なるほどな……。医術や薬学の深い知識が世代を経て発展し、火薬や特殊物質を扱う『錬金術』へと昇華されたというわけか」
「ほっほっほ、左様なのかもしれんなぁ」
そんな昔話に花を咲かせているうちに、俺たちは村の中央に佇む質素ながらも重厚な作りの村長屋敷へと到着した。通された広間で茶を飲みつつ、俺は切り出した。
目的はただ一つ。俺が掲げる『天下布武』への協力依頼と、最新型鉄砲や大砲に使用する火薬の精製・改良。具体的には、高度な知識とスキルを持つ錬金術師の志賀城への派遣要請だ。
「ふむ……天下布武、とな。尾張の一地方領主の小倅にしては、随分とでかく壮大な夢を語るものじゃな。戦のない平穏な世を作りたいという志は素晴らしいと思うが……惜しかったのう。儂らはとうに世を捨てた隠者の群れじゃ。外の世界がどうなろうと関心はない」
「ですが村長、この静かな里とて、一度周辺国の戦火に巻き込まれれば一たまりもありませんよ」
「仮に吉法師様がどれほど奮闘されようとも、織田信秀殿の勢力には陰りが見えておる。美濃の斎藤氏と駿河の今川氏が裏で密約を交わしている今、尾張が呑み込まれるのはもはや時間の問題じゃろうて」
「外の世界に興味がないと仰る割には、周辺国の情勢にすこぶるお詳しいですね」
「ふふ、里を預かる身じゃからの。それくらいの情報収集は怠らんよ」
「どうやら、私の本当の『戦力』まではご存じないようですね。私には果心居士殿をはじめ、先ほどの凄まじい魔蟲部隊、そして一騎当千の精鋭たちが集結しております。尾張を迅速に統一し、美濃の斎藤利政とも同盟か打倒によって屈服させ、尾張と美濃の圧倒的兵力を率いて京へ上洛を果たす覚悟です」
俺は眼光を鋭くし、一切の迷いを捨てて断言した。圧倒的な決意表明だ。
「ふむ……果心居士殿が本気で力を貸しておるのなら、あるいは……か。だが仮にそれが可能だとしてもじゃ。人材を貸してくれと言われてもな、この里で外の世界に興味を持つ若者は、とうの昔にみんな里を出て行ってしまった。今この村に残っておる者の中に、下界へ降りたい奇特な者などおらんよ」
「――僕が行きますッ!!」
ガラッと音を立てて引き戸が勢いよく開いた。
立ち現れたのは、先ほど森の入り口で木の上に潜み、俺にお姫様抱っこされて顔を赤らめていた例のダークエルフの少女だった。
(ん……? いま『僕』って言ったか!? 僕っ子ボク少女かよ! 褐色耳長で僕っ子は属性が盛りすぎだろ……めちゃくちゃ可愛いな!)
「おや……ゆず、お主だったか。外の世界になど一切興味がないと思っておったが?」
百仏村長が目を丸くする。ゆずと呼ばれた少女は、頬を朱に染めながらも真っ直ぐに俺を見つめた。
「外の世界には興味なかったけど……吉法師様と一緒なら、どこへでも行きたい! 僕には一族秘伝の『錬金術』と『高級調合』のスキルがあるし、超強力な火薬の調合だって完璧にこなせるよ! 技術的にも人選には絶対に問題ないはずだもの!」
「おお……! ゆず殿、来てくれるというならこれほど心強いことはない!」
「僕の名前は『ゆず』。……吉法師様、一つだけ、絶対に譲れない条件があるんだ。僕と……しゅ、祝言を挙げてほしい! 僕じゃ……嫁として駄目かなぁ……?」
一大決心を胸に、一生懸命に想いを伝えるゆず。
その瞬間、俺の横に座っていた帰蝶の雰囲気が一変した。キッと鋭い視線でゆずを睨みつけると、俺の着物の袖をぎゅっと力任せに握りしめてきた。
俺は帰蝶の小さく震える手を優しく撫でて安心させつつ、ゆずにしっかりと向き直った。
「駄目なわけがないだろう。むしろこんなに魅力的で優秀な子が来てくれるなんて夢のようだ。だが……俺にはすでに許嫁の帰蝶がいる。ゆずは『側室』ということになるが、それでも構わないかい?」
可愛い上に一流の錬金術師が味方になり、しかも嫁になってくれるというのなら断る理由などどこにもない。
「うん! 側室で全然構わないよ!」
ゆずは即答すると、袖を握りしめる帰蝶の存在に気づき、その瞳をじっと見つめながら言った。
「それに、祝言の約束は交わすが、すぐには挙げられない。俺はまだ元服前だし、正室の婚姻もまだ先のことだからね」
俺はちらりと横目で帰蝶を見た。帰蝶は先ほどまでの嫉妬の表情を消し、どこか不敵で余裕のある笑みを浮かべてゆずを見つめ返していた。
「それでも良い! 僕、吉法師様のそばに居たいんだ……ダメかなぁ?」
「ありがとう、本当に嬉しいよ。これからよろしく頼むね、ゆず」
俺が微笑んで手を差し出すと、ゆずの表情がぱぁっと花が咲いたように明るくなった。そして胸を張り、帰蝶に向き直った。
「君の名前を……教えてほしいな」
「アタイは帰蝶。吉法師様の正室になる女よ」
帰蝶は不敵な笑みを崩さず、威厳を込めて名乗った。
「帰蝶様……よろしくお願いします!」
ゆずは丁寧にお辞儀をし、自分が帰蝶の『次』に位置する立場であることを素直に認めて宣言した。
「ふふっ、こちらこそよろしくね、ゆずちゃん」
立場をわきまえたゆずの素直な姿勢を見て、帰蝶も争う気をなくしたように優しく包み込むような笑みを浮かべた。
(はぁぁ……修羅場にならずに無事に収まって本当に良かった……!)
俺が胸を撫で下ろしていると、背後から安堵の溜息が漏れ聞こえてきた。
「……アニキ、マジで凄すぎるっす。ふぅ……一時はどんな血の雨が降るかと生きた心地がしなかったっすよ……」
池田恒興のひそひそ話に苦笑しつつ、俺たちは最強の錬金術師『ゆず』を新たな仲間に迎え、次なる目的地――紀伊の雑賀・根来へと向けてさらなる一歩を踏み出すのだった。




