第46話 至高の絹織物と魔物の秘宝
伊藤屋惣十郎との熱を帯びた商談は、最高潮の盛り上がりを見せながらさらに続いていた。
「よし、次に紹介したいのはこちらの布だ」
俺は直子たちが地下工場の最深部で大切に採集した、巨大芋虫モンスターの糸で織り上げた特製の絹織物をテーブルの上にそっと広げた。
「な……なんですか、この息を呑むような美しい生地は……!? シルク……いや、違う、違う! 極上の名産シルクですら比較にならないほど滑らかで、至高の肌触りだ……! そして何だ、この吸い込まれそうなほどの幻想的な光沢は……っ!」
惣十郎はあまりの衝撃に目を剥き、最初は恐る恐る指先を滑らせ、やがて優しく撫でまわし、最終的には自分の頬をすり寄せて、その感触にうっとりと感動の溜息を漏らした。
「それだけではありませんよ、惣十郎さん。この布は極めて高い柔軟性を持ちながら、信じられないほど頑丈なのです。水で普通に洗い流してもその独特の輝きは一切衰えませんし、摩擦にも強く、汚れや染みが非常に付きにくい。さらには、表面が完全に水を弾く性質まで備えています」
俺が特徴を一つひとつ解説すると、惣十郎は信じられないといった様子で叫んだ。
「従来の高級シルクが抱えていた欠点を、すべて完璧に克服しているというのですか……!? そのうえで、従来のシルクを遥かに凌駕する光沢と肌触りを実現させているなんて……まさに奇跡の布だ!」
「ええ、日光や経年劣化による変色も一切しません。滅多なことでは破れないほどの耐久性も備えています」
俺が頷くと、傍らにいた帰蝶がくすくすと上品に微笑みながら、優雅に言葉を添えた。
「高貴な女性の下着や肌着として仕立てたら、もう最高ですわ。一度この肌触りを味わってしまえば、二度と手放せなくなってしまいますの。……ふふっ、実は私も今、この布で作られた下着を着ておりますのよ?」
次の瞬間、帰蝶はスッと俺の体に寄り添い、誰にも聞こえないほどの吐息交じりの小声で耳元に囁いてきた。
「……後で、こっそり見せて差し上げましょうか? うふふ……」
耳朶をくすぐる妖艶な声に、ぞくっと背筋が痺れるような刺激が走った。
(おいおいおい……! 帰蝶のやつ、一体いつの間に直子に頼んで芋虫シルクの特製下着なんて作らせてたんだよ!? ……あかん、脳裏に極上シルクの下着を身にまとった帰蝶の姿が勝手に浮かんできちまう……! いかんいかん、今は歴史を揺るがす重要な商談の最中だぞ! 集中しろ俺!)
俺が必死に理性を保とうと冷や汗をかいていると、目の前の惣十郎が興奮のあまりテーブルに身を乗り出してきた。
「売れる……! これは間違いなく、京の朝廷や幕府の要人、堺の豪商相手に飛ぶように売れますぞ! 買い取らせてください! いや、何としてでも売ってください! 我が伊藤屋に独占販売権をいただけるのでしたら、吉法師様の言い値で買い取らせていただきます! 何卒、何卒ご配慮を……!」
惣十郎はなりふり構わず、すがりつくような勢いで懇願してくる。
「良いですよ、独占販売権はお渡ししましょう。複数の商人と個別に交渉して利権を調整するのは面倒ですからね。買い取り価格の詳細については、後で帰蝶とじっくり詰めてください」
「おおお……っ! ありがとうございます、吉法師様! いやはや、本日は志賀城にお伺いして本当に良かった! お見せいただいた特産品はどれもこれも、この世の物とは思えぬ最上級品ばかり……! 商人人生において、これほど素晴らしい商談はございません! まさに人生最高の幸運の日でございます!」
惣十郎は目頭を熱くさせ、俺の両手を強く握りしめて何度も感謝を述べた。
「おいおい、感動するのは結構だが、勝手に商談を締めくくらないでくれよ」
「え……? ま、まだ何かあるのですか……!?」
「ふふっ、とっておきの秘密兵器がね」
「最高の蜂蜜と、あの二つの恐るべき新布を超える代物……」
ゴクリ。
惣十郎は生唾を飲み込み、緊張の面持ちで俺の手元を凝視した。
「これだ!」
俺が懐から取り出してテーブルの上に置いたのは、巨大な甲虫型モンスター『ハンミョウ』から丁寧に剥ぎ取った前翅だった。
それは金属のように硬質でありながら、光の当たる角度によって鮮やかな深緑色から妖艶なビロード状の黒紫色へと万華鏡のように変化する、絶妙なグラデーションを誇っていた。さらに表面には純白の斑点と鮮烈な赤の帯模様が刻まれ、鼻をくすぐる甘く芳醇な果実のような香気まで漂わせている。
「な、な、な……なんですか、この息を呑むほどに美しく幻想的な物体は……!? 宝石……? いいえ、生体の一部のような……!?」
惣十郎は眼球が飛び出さんばかりに驚愕し、言葉を失った。
「ダンジョンの最深部で討伐した、巨大な魔物から剥ぎ取った希少素材ですよ。このまま美術品として飾っても素晴らしいですし、加工して簪や指輪などの高級アクセサリーに仕立てても良い。さらには高級家具や宝石箱の装飾、衣服のワンポイントとして埋め込むなど、工夫次第で使い道は無限大に広がります」
「あの恐ろしい耐久性を誇る布といい、この幻想的な素材といい……吉法師様、一体全体このような品々をどこで手に入れておられるのですかああああああっ!?」
「おいおい、惣十郎さん。仕入れルートを追求するのは商人としてのマナー違反だろう。教えてあげるわけがないじゃないか」
「あ……っ! 無礼をいたしました! 仰る通りでございます……仕入れの源流を明かす商人などいるはずもございませぬ……! しかし、これは一体何のモンスターのどの部位なのですか!? どこに生息しているのですか!? 売り出すのに名前すら付けられませぬ!」
「それも今は企業秘密だ。名前の命名権は惣十郎さんに譲るよ。『秘境の輝石』とでも名付けて、せいぜい公家や豪商たちに跳ね上がった高値で売り捌いてくれ」
「勿論でございます! これは金に糸目をつけない富裕層相手なら、とてつもない高値で売れますぞ……!」
「他にもダンジョン討伐で得た様々なモンスターの希少素材があるから、まとめて買い取ってほしい。これまで貯め込んだ素材も大量にあるし、俺たちはこれからも日課として狩りを続けるから、今後も継続して安定供給できる」
「おおお! 是非とも、是非ともすべて我が伊藤屋にお譲りください!」
「よし、決まりだ。では、先ほどの布とモンスター素材の最終的な取引価格については、帰蝶と細かく詰めてくれ」
俺がそう告げると、惣十郎は深々と頭を下げた。
「承知いたしました! 帰蝶様、どうぞお手柔らかにお願い申し上げます!」
「うふふ、任せてちょうだい! 伊藤屋さんも織田家も、お互いが大儲けできるように最高の条件を提示して差し上げますわ!」
帰蝶は頼もしく胸を張り、小悪魔的な笑みを浮かべて見せた。
(よし……! これで志賀城下に莫大な金が落ちる仕組みが完成した。この圧倒的な資金力があれば、根来や雑賀から最新型の鉄砲を大量に買い付け、自前の鉄砲兵団を組織することができるぞ……!)
俺は心の中でガッツポーズを決め、天下布武に向けた次なる大構想へと想いを馳せるのだった。




