第21話 奇跡の「未来眼」授与と甘く危険な別れ
無敵を誇っていた狂気の剣豪・新免無二が、まさかの完敗を喫して項垂れていた。己の我流を否定され、「型」の重要性を説かれた衝撃から抜け出せないのか、「型がどうとかこうとか……」とブツブツと独り言を呟き続けている。
「……それでは吉法師様、奥へどうぞ。話を聞かせていただきましょう」
富田勢源の静かな促しにより、俺たちは応接間へと招き入れられた。
精神的ダメージで膝が笑っている新免無二の肩を、十歳の諸岡一羽と林崎甚助が左右から支え、まるで敗兵のように連れて入ってくる。
部屋の奥にある重厚なソファに富田勢源が腰掛け、その背後には二人の弟子――鐘捲自斎と佐々木小次郎が厳めしい顔で佇んでいた。
対する俺は向かいのソファへ腰を下ろす。すると当然のように、帰蝶が俺のすぐ隣にぴったりと密着して座ってきた。さらにその背後と横には、諸岡一羽、林崎甚助、回復途中の新免無二、そして果心居士が居並ぶ。
(……うーむ、この帰蝶の堂々とした立ち振る舞い、まるで織田家の正室のような圧力を感じるな。まあ、綺麗だし居心地が良いから全然OKなんだけどさ!)
俺は気を取り直すと、富田勢源の正面を見据え、己の抱く「天下布武」の野望と、戦争のない平和な世界を創るために最高の英傑を集めている旨を熱心に語り、配下として仕官してほしいと頭を下げた。
「……なるほど。吉法師様のやりたいこと、そしてその果てしない志については重々理解いたしました。戦のない世を創るために天下人を目指すとは、十歳の若さにして随分と壮大な夢をお持ちですね」
「ぜひ貴殿の知恵と力を貸していただきたい!」
「ですが……私は深刻な眼病を患う身。せいぜい目の前の相手と一対一で仕合をするのが限界ゆえ、剣を捨てて隠居いたしました。今の私は言わば抜けてしまった殻のようなもの。大軍が躍動する合戦の場で采配を振るうこともできず、足手まといになるだけでありましょう。……ですが、果心居士殿のお頼みとあらば無下に断るわけにもいきませぬ。我が門人である鐘捲自斎と佐々木小次郎の二人は、無二殿が言う通り、命懸けの実戦経験が圧倒的に不足しております。天下人への道中、幾多の敵を破る戦いが待っているはず。この二人を吉法師様に仕官させましょう」
「師匠! 私はどこまでも師匠と共におります! 置いていかないでください!」
ボサボサ頭の鐘捲自斎が顔を赤くして叫んだ。一方、大太刀を抱えた佐々木小次郎は、ただ無言のまま富田勢源の背中を見つめている。
「いや、俺は門人だけでなく、富田勢源殿自身にこそ配下となってほしいんだ! 我が陣営の剣士たちの総師範として、指導を行っていただきたい!」
あの殺し合い狂いの新免無二を一瞬でやり込め、格の違いを見せつけて教育していた手腕は本物だ。喉から手が出るほど欲しい人材だった。
「お気持ちは実にありがたい。しかし、私には不可能です……この見えぬ目では……」
「ほっほっほ、ならば儂が新しい『目』を授けて進ぜよう」
そう言って、果心居士が俺の後ろから悠然とソファーの横へ躍り出てきた。
「え……? 目を与えるだと……!?」
富田勢源が驚きに顔を上げる。
「ほっほっほ、儂の手元に『魔眼』が一つあってな。まあ、それほど強力なものでもないが、視力を完全に取り戻すことくらいは容易いぞ」
(魔眼……!? 異世界ファンタジーのチートアイテムがここで出てくるか!)
「どんな効果のある魔眼なんだい、果心居士!?」
俺は興味津々で尋ねた。
「ん~、大したものではないのう。確か『未来眼』というやつじゃ。わずか3秒先の未来しか見ることができん。ほっほっほ」
「さ、3秒先が見えるだってぇぇぇぇえええッ!?」
さっきまで死んだ魚のような目をしていた新免無二が、爆音のような大声を上げて跳び起きた!
「果心居士のじいさん! 頼むからそれを俺にくれぇぇぇっ! 剣士にとって3秒先の未来が分かれば完全無敵だ! 『生と死の際』を百発百中で制することができるんだぞッ!」
新免無二は形相を変え、すがるように果心居士の両腕をガシッと掴んで激しく揺さぶった。
「ほっほっほ、魔眼は一つしかないのでな。眼病で苦しんでいる富田勢源に優先して与えるのが道理というものじゃ」
「ち、ちくしょう! 一体どこでそんな恐ろしいものを手に入れたんだ!?」
「ほっほっほ、ダンジョンじゃよ」
「ダ、ダンジョンだとぉぉぉっ!?」
「ほっほっほ、ダンジョンの話は後にするが良い。まずは富田勢源じゃ」
果心居士は鬱陶しそうに新免無二を払い退けると、富田勢源の前へと立った。懐から怪しく蒼光を放つ小さな宝珠――「未来眼」を取り出すと、それを迷わず富田勢源の落ち窪んだ右目へと押し当てた!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
凄まじい魔術の光が部屋を包み込み、富田勢源が激痛に叫び声を上げて右目を押さえ、床へ倒れ込んで蹲った。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
やがて痛みが引いたのか、富田勢源がゆっくりと立ち上がった。その両目が見開かれる。
「み……見える! 見えるぞ! はっきり見える! あああ……世界が、光が見える! 目が見えるぞぉぉぉっ!」
富田勢源の目から、溢れ出る歓喜の涙がボロボロと頬を伝った。見事に眼病が完治し、その瞳には3秒先の未来を見通す神聖な光が宿っていた。
「感謝いたします……! 本当に、本当にありがとうございます……!」
富田勢源は感動のあまり震える手で果心居士の両手を強く握りしめた。
「ほっほっほ、礼なら儂ではなく吉法師様に言うが良い。そして吉法師様に生涯を捧げて仕えるのだな」
「はい! 吉法師様、本当にありがとうございます! この富田勢源、命を賭してあなた様に仕え、天下布武の道をお支えいたします!」
「富田勢源殿、ありがとう! 心強いよ、これからよろしく頼むな! ……よし、目的は果たした。そろそろ尾張へ帰ろうか」
「ははっ! 私たちは朝倉様へご挨拶を済ませ、屋敷の身の回りの品を整理してから、追って尾張へ向かいます!」
「そうだね、首を長くして待っているよ」
「はい! よろしくお願い申し上げます!」
無事に最強の師範と二人の天才剣士を獲得し、満足感に浸っていたその時――。
「あ……吉法師。アタイはここで一度みんなと別れるわね。またすぐに会えるから、その時を楽しみに待っててね♪」
これまで俺の腕にしっかりと手を絡めていた帰蝶が、ふっと身体を離して立ち上がった。
「え……!? 帰蝶、一緒に行かないのか!?」
予期せぬお別れに俺が驚き、目を丸くしたその瞬間――。
チュッ……ペロッ。
帰蝶が電光石火の早業で俺の顔を抱え込むと、唇へ濃厚な口づけを落とし、妖艶に舌で俺の唇を舐め上げてきた!
さらに、その小さな手がすっと下へ伸び、十歳の俺の股感を優しく、だが確実に優しく撫で上げていく!
「うふふ……また近いうちにね、吉法師様♪」
あまりの暴走と刺激的なスキンシップに、俺は全身の血が逆流して「……っ!?」と完全にキャパオーバーでフリーズしてしまった。
真っ赤になって硬直する俺をその場に残し、美濃の小悪魔姫・帰蝶は、楽しそうな高笑いを残して風のように走り去っていくのだった。




