第14話 剣聖卜伝の理解と二大流派開祖の加勢
境内に立ち込めいていた、世界を滅ぼしかねない絶望的な魔術の圧力が徐々に薄れていく。
「こ、これほどまでの領域とは……」
地面に膝をつき、全身から滝のような汗を流しながら、卜伝の門人が恐怖に震える声で呟いた。
「ほっほっほ、これぐらいで十分じゃろう」
果心居士が不敵な笑みを浮かべ、全魔力の放出をピタリと止めた。
「へっ、体をほぐすにはちょうどいい最高の鍛錬になったぜ!」
慶次が荒い息を整えながらグッと立ち上がり、大槍を肩に担ぎ直してこちらへ歩いてきた。
「卜伝先生……! あのような怪物相手では、先生であっても敵わないと申されるのですか……!?」
必死の思いで立ち上がった門人が、未だ平然と佇む卜伝に向かって懇願するように問いかけた。
「莫迦者め、敵うわけがなかろう。余計な戦闘などせず、真っ先に逃げるのが上策だ。あの果心居士殿に加え、背後には神出鬼没の凄腕が二人も控えておるのだからな」
卜伝は苦笑いを浮かべながら、門人たちのさらに後ろの空間へと視線を向けた。
「おお! おらたちの潜伏に気づくとは、流石は剣聖だなぁ」
門人たちのすぐ後ろの影から、無表情な猿飛佐助がぬっと姿を現した。
「なんだ、もう立ち回りは終わりでござるか? 貴殿ら、吉法師様が無事で本当によかったな。もし万が一にもお身体に傷一つでもついておったら、ここにいる者全員まとめて血の海でござったぞ」
石川五右衛門が、大柄な体を揺らしながら門人たちの真後ろから声をかける。
「ほっほっほ、五右衛門は心配性だのう。儂が側におるのだから、吉法師様には傷ひとつつけさせんよ」
果心居士がいつものように飄々とした笑みを浮かべた。
「な、なに……!?」
「後ろを取られていることすら、全く分からなかった……!」
「信じられない……! もし俺たちが少しでも奇妙な動きをしていたら、背後から一瞬で首を跳ねられていたのか!?」
死の淵に立たされていたことを悟り、門人たちは顔面を蒼白にして絶句した。
「ふむ……その身から溢れ出るかすかな仙気。まだ本物の仙人の域には達しておらぬようだが……道士とお見受けするが?」
卜伝は冷静な眼光で、佐助と五右衛門の二人を見据えて問いかけた。
「うん。おら、道士だ」
佐助が短く答える。
「おう! 拙者は三太夫様の弟子にして道士、石川五右衛門と申す!」
五右衛門が歌舞伎のように見事な見得を切ってみせた。
「吉法師様、伝説の果心居士様のみならず、これほど見事な道士二人までも従えておられるとは、心から恐れ入りました。ささ、不手際を深くお詫びいたしますゆえ、奥の間へどうぞ」
卜伝は深々と頭を下げると、颯爽と寺の奥へと歩き出し、佐助と五右衛門の間を風のようにスリ抜けていった。
「佐助、五右衛門、護衛をご苦労だったな」
「おら、吉法師様が危機であればいつでも飛んでくるだ」
「三太夫様より吉法師様をお守りするよう仰せつかっておりますゆえ、いつでもお助けつかまつる」
俺が声をかけると、佐助と五右衛門は短く答え、再び空気の中に溶け込むように姿を消した。
寺の一室に通された俺たちは、塚原卜伝と静かに向かい合っていた。
「私の浅はかな門人たちが大変な非礼を働き、心より申し訳ございませんでした。そして、彼らの命を奪わずに留めていただいたこと、深く感謝申し上げます」
会談は、剣聖・塚原卜伝の真摯なお詫びから始まった。
俺は単刀直入に、己の目指す「天下布武」の真意と、あらゆる戦乱を終わらせるために世界中の極上な人材を集めている理由を語り、協力を要請した。
「……なるほど。争いのない平和な世の中を創るという、その崇高な志につきましては重々理解いたしました。私もそのような世が訪れることは素晴らしいことだと思います。……しかしながら、その実現性については疑問が残りますな。たとえ果心居士殿のような超常の存在が味方に就こうとも、達成できるとは到底思えませぬ。失礼ながら、吉法師様は未だ尾張の一地方領主に過ぎぬ身なのですから」
「おっしゃる通り、ごもっともなご意見です。俺自身、尾張を統一し、さらに美濃の国を手に入れて初めて、その壮大な夢のスタートラインに立てるのだと重々承知しております。まだ入口にすら立っていない十歳の小僧の戯言と切り捨てられなかっただけでも十分です。ですが、その一歩を踏み出すために、俺はどうしても最高の英傑たちを集めたいのです」
「ははは! 私はしがない剣の探求者に過ぎませぬゆえ、天下の行方など正直どうでもよいと思っておりました。しかし、吉法師殿がこれから茨の道を歩まれることは容易に想像がつきます。今後、幾多の凄絶な合戦を重ねることでしょう。その血生臭い戦場で本物の実戦経験を積むこともまた、剣士として最高の修行の一つ。よろしいでしょう、私の若い門人の中から特に優秀な者を何名かお貸しいたしましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「そうだなぁ……。これ、誰か諸岡一羽と林崎甚助をここに呼んでまいれ」
卜伝は部屋の隅で控えていた付き添いの門人に静かに指示を出した。
(諸岡一羽! そして林崎甚助だと……!? キターーーーーーーッ!!!)
俺の心の中で、再び歓喜の雷鳴が轟いた!
間もなくして部屋に入ってきたのは、俺と同じくらいの年齢に見える二人の少年だった。恐らく十歳前後だろう。しかし、その無表情な顔つきと、静寂の中に研ぎ澄まされた尋常ではない佇まいは、既に一国の剣豪たる威風堂々とした風格を漂わせていた。
諸岡一羽といえば、後に「一羽流」を開いた伝説の剣豪だ。幕末に名を馳せた新選組局長・近藤勇の「天然理心流」も、元を辿ればこの一羽流の系譜に連なる超名門である。
そして林崎甚助といえば、居合の始祖として歴史にその名を刻む「神夢想林崎流」の開祖だ。抜刀術の原点にして最高峰の天才である。
こうして、若き日の諸岡一羽と林崎甚助という、将来の剣術界を担う超大物が、十歳の俺の配下として正式に加わることとなったのだった。




