第13話 剣聖卜伝との再会と恐怖の真魔力
俺と果心居士、慶次、そして恒興の四人は、剣聖・塚原卜伝に面会を求めるため、彼が逗留している伊勢国の寺へと足を踏み入れていた。
しかし、問答無用で襲いかかってきた高慢な門人たちを、果心居士と慶次が容赦なく叩きのめす展開となる。
そして残る門人は、あと一人。大槍を構え、汗だくになりながら慶次と正対していた。
額から滝のような汗を流し、後がない門人の男は、小刻みに震える手で必死に槍を構え直す。
対する慶次は、相変わらず隙だらけに見える構えでゆったりと佇んでいた。慶次が手にするのは、赤く鮮やかな朱塗りの鉄製の大柄を持つ特注の槍だ。常人なら持ち上げることすら困難な重量級の兵器であるはずなのに、慶次はそれを羽毛のように軽々と扱っているため、初見ではとても鉄製には見えない。そして、通常の武士が使う槍よりも遥かに長かった。
慶次はまるで城下町の通りを散歩でもするかのような軽い足取りで、無造作に間合いを詰めた。そして、何の前触れもなく、予備動作ゼロの神速で槍を横一文字に振るう。
通常なら初見で確実に仕留められる絶技だ。
だが、この門人の男は既にその振りを二度目にしていた。男は紙一重で身を引くと、素早く限界まで距離を取って槍を撃ち出せる体制を維持する。
横払いをかわされた慶次は、一切の淀みなく柄を引き込み、鋭い突きを放った。男は死に物狂いでそれを己の槍で受け流し、その反動を利用して返しの一撃を繰り出す。
しかし、慶次の身こなしはあまりに規格外だった。受け流されたはずの槍を瞬時に手元へ引き戻すと、男の返し突きの柄を強烈に弾き飛ばしてみせた。
ガキンッ!と金属音が響き、男は左斜め後ろへと転がるようにかわす。
(ちっ……なんて化け物だ! 繰り出してくる技自体は泥臭い基本動作ばかりだが、一撃一撃が信じられないくらい重くて速すぎる……!)
慶次の異常な腕前を悟った男は、完全に攻撃を捨てて完全防御の体勢に切り替えた。慶次の隙を窺っているのか、それとも奥にいる仲間や師の援軍を待っているのか、このままでは勝負が不毛に長引いてしまう。
そう思われた、その時だった――。
「そこまでにしなさい! ……果心居士殿、大変お久しぶりでございますな」
静かだが、境内の静寂を朗々と切り裂く声が響き渡った。
奥の境内からゆっくりと歩み出てきたのは、伝説の剣豪・塚原卜伝その人であった。
ただ前を向いて歩いてくるだけだというのに、その圧倒的な存在感から目をそらすことができない。一目で彼が卜伝だと理解できるほどの威厳。年齢は初老に見えるが、その佇まいはまさに何者も立ち入ることを許さない神域の雰囲気を纏っていた。
卜伝の後ろには、一切の感情を削ぎ落とした無表情な四人の男たちが従っている。一目見ただけで一筋縄ではいかない手練れだと分かる、研ぎ澄まされた気配を放っていた。
そして、先ほど果心居士の魔術と慶次の大槍によって打ち倒されていた門人たちが、よろよろと悲鳴を上げながら起き上がり、卜伝に向かって深く頭を下げた。
「ほっほっほ、卜伝、久しぶりじゃのう。相変わらずお主の弟子どもは威勢が良くて結構なことじゃ。挨拶もそこそこに、いきなり殺気全開で襲いかかってきおったぞ」
「……まことに申し訳ございません。ささ、このような境内の石畳で立ち話も何ですから、どうぞ奥の間へおいでください」
「ほっほっほ、儂らも戦いに来たわけではないでの。……吉法師様、いかがなさいますか?」
果心居士が振り返り、俺に判断を仰いできた。
「うむ、お言葉に甘えて案内してもらおう」
俺が静かに頷くと、俺たちは卜伝の後に続いて歩き出そうとした。
その時――。
俺たちに打ちのめされた不憫な門人たちが、悲壮感を漂わせながら卜伝の背中を見つめ、すがるような声を上げた。
「卜伝先生……! 我らは先生のお顔に泥を塗らぬよう、必死で不審者を食い止めようと……」
卜伝はピタリと足を止め、ゆっくりと門人たちを振り返った。その瞳には、氷のような冷徹な光が宿っていた。
「お前たち、破門だ。今すぐこの場から出て行きなさい」
「え……? し、師匠……!?」
青天の霹靂とも言える宣告に、門人たちはボロボロと涙を流して崩れ落ちた。
「良いかねお前たち。相手の度量や底知れぬ実力を見極めることもできず、ただ慢心から刀を抜いた。お前たちのその浅はかな愚行のせいに、この寺にいる我ら門下生八十余人全員の命が、危険に晒されたのだぞ」
「そ、そんな……! あの老人と子供数人に、我ら全員の命が……!?」
「師匠、お戯れを! いくらなんでもそのようなことはあり得ません!」
「承服しかねます!」
口々に叫び、納得いかない様子で反論する門人たち。卜伝は深く、深くため息をついた。
「はぁ……まだ自分の愚かさに気づかんか。……果心居士殿、誠に心苦しいのですが、この愚者どもに『本気の殺気』とやらを見せてやってはいただけないでしょうか」
果心居士は横にいる俺に目線を送ってきた。俺は無言で頷く。教訓として、この横柄な門人たちには圧倒的な現実を叩き込んでおいた方が都合がいい。
「ほっほっほ、そこまで言われるのなら、お安い御用じゃ」
果心居士が俺たちの前に数歩進み出ると、これまで抑え込んでいた全魔力を解き放った。
ズドオオンッ……!!
まるで空間そのものが重歪み、天井から巨大な鉄の塊が落ちてきたかのような猛烈な圧力が境内全域を支配した。
濃厚すぎる漆黒の魔力に押し潰された門人たちは、悲鳴をあげることすら許されず、次々と泡を吹いてその場に倒れ伏していく。卜伝の後ろに控えていた四人の手練れでさえ、滝のような冷や汗を流し、ガクガクと膝をついて果心居士を狂気に満ちた目で見つめるのが精一杯だった。
ただ一人、剣聖である塚原卜伝だけが、羽織を風になびかせながら平然と佇んでいる。
幸いにも、俺と恒興は果心居士の真背後に位置していたため、魔力の余波を受けずに済んでいた。しかし、前方で槍の男と対峙したまま残っていた慶次は、全身の筋肉を激しく収縮させ、膝を突きながら歯を食いしばって必死に耐え抜いていた。
世界を滅ぼしかねない絶対的な力の暴威を前に、境内の空気は凍りついていた。




