第101話 【西国の覇者】崩壊する大内家と異能の魚人たち
俺が十八歳になるまでの間に、我が陣営の家臣勢力は更に凄まじい拡大を遂げていた。
一人目は奥州の英傑・伊達稙宗。
二人目はその忠臣・小梁川宗朝。
三人目はその息子・小梁川宗秀。
そして四人目として加わったのが、西国最大の巨大勢力・大内氏の第十六代当主である大内義隆(四十五歳)だ。なんと体長数メートル級の規格外の巨体を誇る、シロナガスクジラの獣人である。
大内義隆と言えば、言わずと知れた周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前の六ヵ国を治める大大名であり、各国守護を兼任。キリスト教の布教をいち早く許可して宣教師たちを手厚く保護し、京の戦乱から逃れてきた公家や文化人たちを温かく受け入れた人物だ。独占的な大陸貿易によって得た潤沢な資金と文化を背景に、この時代において極めて異彩を放つ絢爛豪華な「大内文化」を咲かせた伝説の主である。
大内氏が本拠地を置く周防は、大陸貿易の利権と石見銀山開発による圧倒的な経済力を背景に、本家の京すらも凌駕する日本一の繁栄を誇っていた。
しかし、文治政治を推進する義隆に対し、合戦による戦功と領土拡張を望む家中きっての武断派筆頭・陶隆房(後の陶晴賢)が突如として謀叛を起こす。追い詰められた義隆が大寧寺にてまさに自害を図ろうとしていたその直前、俺たちは決死の隠密作戦によって義隆の救出に成功したのだ。
大内義隆を救出する際、彼を最後まで守ろうとした忠臣たちも同時に救出、説得し、俺の配下として迎え入れることとなった。
救い出した当の義隆は、巨大で色白な身体に公家風の絢爛な装束を纏い、自らを「麿」と呼ぶ何とも奇妙で強烈なキャラクターの武将だった。
五人目は、陶隆房の謀叛によって家中が裏切りに塗れる中、義隆のために最期まで刀を振るって戦い抜いた猛将・冷泉隆豊(三十九歳)。イタチザメの凄絶な魚人だ。
六人目は、大内氏の重臣であり文武の要として家臣団を支え、「大寧寺の変」の後に隠居していた老将・内藤興盛(五十七歳)。こちらは巨大なジンベイザメの魚人。
七人目は、文治派の代表格であり、優れた行政能力と内政手腕に定評がある相良武任(五十四歳)。優雅なシロイルカの獣人である。
八人目から十人目は、義隆を守るために壮絶な奮戦を見せた三人衆――岡部隆景(年齢不詳・クサフグの魚人)、右田隆次(年齢不詳・マフグの魚人)、杉興運(年齢不詳・ヨリトフグの魚人)だ。毒と強靭な防具を駆使する異能の魚人武者たちである。
――大内義隆たちを大寧寺の惨劇から連れ出し、那古野城の広間へとお連れした時のことだ。
「……ううっ、麿は大内義隆じゃぞ……! 麿が我が子の如く可愛がっていたあの隆房が、麿を裏切るなど……未だに信じられんのじゃぁぁぁッ!」
巨体を震わせ、子供のようにボロボロと大粒の涙を流して号泣する大内義隆。
義隆には正室や側室がいるが、実は男色の気もあったらしい。しかし、この規格外の巨体で泣きじゃくられると、凄まじい圧迫感と絵面の濃さがある。
(それにしても、あの陶隆房の謀叛の手際の良さと急激な変貌も、どこか不自然で怪しいんだよな……)
俺が思案していると、肩口に現れた眷属の饗談が小声で耳打ちしてきた。
「信長様、大内義隆と陶隆房は……その、非常に深い仲(男色関係)であったのじゃ。隆房は若かりし頃、誰もが息をのむほどの美少年だったらしいのじゃぞ」
戦国武将の男色自体は珍しくないが、なるほど、愛憎が入り混じったドロドロの悲劇というわけか。
「義隆様、武断派の武士たちからすれば、領土を拡張し続けねば活躍の場も失われ、恩賞すら貰えなくなりますゆえ、謀叛を起こすのも無理からぬことにございます。だからこそ、某はあらかじめ陶隆房を早期に討ち取るよう何度も進言したのです!」
冷泉隆豊が熱を込めて義隆へ語りかける。
饗談が解説を続ける。
「大内氏は以前の激しい領土拡張(武断政治)から、文化と内政を重視する文治政治へと舵を切ったのじゃ。溢れた武闘派たちの不満が爆発したというわけじゃな」
「だとしてもじゃぁッ! 麿の……麿のあの隆房が……どうしてッ!」
ドスゥンッ! と凄まじい衝撃音を立て、床板を握り拳で叩きつける義隆。
「……実は儂も、隆房の動きには不審なものを感じて途中で静観を決め込んだのだ。あ奴の最近の冷酷さと変貌ぶりは、あまりにも極端で狂気じみておった……」
重臣の老将・内藤興盛が悲痛な面持ちで溢した。
「興盛ッ! なぜその時に麿を助けてくれなかったのじゃッ! 麿は……麿は打つ手もなく絶望しておったというのに……ッ!」
義隆は内藤興盛の服の袖にしがみつき、涙ながらに縋り付いた。
「申し訳ございませぬ、義隆様……。長年過酷な戦を戦い抜いてきた武断派のやりきれぬ気持ちも、儂にはよく分かったゆえに……」
内藤興盛は申し訳なさそうに視線を落とし、深く頭を下げた。
「ねえ信長……この『麿』って男、本当に戦力として使えるの……?」
義隆の公家っぽい絢爛な服と、あまりにも情けない大号泣ぶりを見て、正室の帰蝶が心底心配そうに俺の耳元で囁いてきた。
「う〜ん、大内義隆と言えば、昔は大陸貿易の利権を巡って暴れ回っていたバリバリの武闘派・武将だったはずなんだけどな……」
俺が苦笑いしながら答えると、
「まあ、公家や京の権力者たちとの高度な政治交渉でも任せるといたしましょうか」
俺のすぐ横に立っていた伊達稙宗が、静かに義隆を見下ろしながら重厚な声で提案した。
最近の城内では、参謀として伊達稙宗が俺のすぐ側に控えていることが非常に多い。
百戦錬磨の大英傑が参謀として側にいてアドバイスをくれるのは素直に心強いし嬉しい限りだが……あるいは稙宗も、前回の話に出てきた乱世の裏で糸を引く「謎の黒い存在」の干渉を警戒し、俺を護衛してくれているのかもしれない。




