53 土曜日 ずっと一緒に
最終話です!
ベル達はダンスフロアに移動した。
ベルとシャペルはカミーラとオスカーのペアと組むはずだったが、並んでいる間に他のペアが抜けたせいで、オードリーとデイビットのペアと踊ることになってしまった。
「オードリーはダンスが得意?」
シャペルが小声で尋ねた。
「知らないわ。今夜初めて会ったばかりなの。シーアス様のいとこの男爵令嬢で、領地から結婚相手を探しに来たとか」
「まあ、相手がデイビットだし、気にしなくていいと思うよ」
「デイビット様はダンスが得意なの?」
「普通程度かな。ただ、カドリーユはわからないな」
「タイミングを取るのに気をつけないといけないかもしれないわ」
あまりダンスが得意とは思えないペアと交代して踊るのであれば、合わせるようにしなければとベルは思った。
しかし、シャペルは首を横に振った。
「ベルのタイミングでいい。僕の方でも少し調整する。でも、これは楽しむためのダンスだ。いいね?」
ベルは不適な笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。よくわからないペアと踊るのも、やりがいがあって楽しいわ!」
「頼もしいなあ。そういうベルも好きだよ」
ベルはドキッとした。
こんな時に好きだなんて……踊る前に動揺させないでよ!
全員が整列し終わり、音楽が流れだす。
まずは会場への挨拶。
ゆっくりと腰を落として一礼。その後、踊り手を交換し合うペアと向かい合わせになるように移動する。
第一パート。軽く腰を落として挨拶を交わした後、向い合うペアと位置を入れ替える。
楽しいダンスの始まりよ!
ベルはワクワクしながら、前へと足を踏み出した。
音楽が終わり、拍手が鳴り響く。
カドリーユを踊り終わった後のベルは満面の笑みを浮かべていた。
最初はオードリーとデイビットのペアの様子を見ながら踊っていたものの、特に問題はなく普通に踊れているように見えた。
そこでベル達も第二パートからは自分達の好きに踊り、結果として十分に楽しむことができた。
「楽しかった?」
シャペルの言葉に、ベルは心からの同意を込めて頷いた。
「そうね。楽しかったわ。ありがとう」
シャペルは嬉しそうに微笑んだ。
「こちらこそ。やっぱりベルのダンスは凄いよ。楽しい気分になれる」
ベルはとても嬉しくなった。
「この後だけど、シャペルはお仕事?」
「いや、今夜の仕事は終わり。明日また仕事があるけどね」
「だったら……もっと、一緒に踊らない?」
「カドリーユを?」
答えではなく質問が返って来る。
「カドリーユでもワルツでも何でもいいわ。シャペルとだったらどんなダンスも安心して楽しく踊れると思うから。今夜はもっと踊りたいの」
「ダンスパートナーか」
「疲れてしまった?」
シャペルは王族の側近だ。どんな仕事をしているのか、ベルは詳しく知らない。
ようやく仕事が終わって自由な時間を過ごせるものの、ダンスばかりでは疲れてしまうかもしれないと思った。
「いや。ベルと踊るダンスは疲れない。楽しくて、何度も踊りたくなる。できることなら、一生ベルのダンスパートナーであり続けたいよ」
「それは結婚しないと無理じゃない?」
「だったら」
シャペルはベルの手を強く握りしめた。
「最高のダンスパートナーになれるように努力する。だから、結婚しようよ」
一気に強い喜びが溢れるのをベルは感じた。
しかし、多くの者達がいる場所だ。プロポーズをするわけがないと感じ、ベルは受け流すことにした。
「……ダンスを愛する私にとっては、とても魅力的な申し出ね」
「僕の愛はベルに捧げるよ」
シャペルはベルの指先にそっと口づけた。
シャペル……もしかして、本気で言ったの? こんな大勢の人達がいるような場所なのに?
ベルの心は揺れた。しかし、冷静さを取り戻そうという気持ちがすぐに沸き上がる。
ああ、でも今夜のテーマは愛だわ。女性を褒めるのは社交辞令だし、特別な言い回しもしやすいかも。仮面をつけているから余計に。これはただの社交よ!
ベルは必死にドキドキする自分を落ち着けようとした。
「取りあえず列に並ぼうか。しばらくはカドリーユが続きそうだ。僕以外の男性とベルが踊るのを眺める部分もあるけれど、必ず戻って来てくれるから我慢することにするよ」
おどけるように軽口を叩いたシャペルに、ベルはムッとして言い返した。
「私だって、シャペルが他の女性と踊るのを眺めることになるわ」
「それはそうだけど、ベルは僕と違って何も思わないよね?」
以前のベルであれば、その通りだった。
シャペルが他の女性と踊っても、何も思わない。しかし、今は違った。
一緒に過ごしたことで、変わった。
二人が二蝶会で仲間だった年月と比べれば、ほんの少しの日々、時間でしかない。それでも多くのことを知り、感じた。
自分の狭い世界や常識で満足し、縛られ、大切なことを大切にしていなかった、大事なことを見逃していたことも。
私はもっと向き合うべきだった……。
そうすれば、これまで気づかなかったことにも気づける。新しものが見えてくる。
自分の目指したい未来、心から一緒にいたいと思う相手が。
「私に愛を捧げた男性が他の女性と踊るのを見て何も思わないわけがないわ。でも、必ず戻って来るから我慢してあげる、とでも言えばいいの?」
責めるような口調をシャペルはすぐに感じ取った。
「ごめん。やっぱり駄目だ。カドリーユはやめよう。ベルと二人だけでダンスを踊りたい。ワルツまで待とうか。飲み物でも取りに行く?」
ベルは首を横に振った。
「駄目よ。今夜はできるだけ沢山シャペルと踊って楽しみたいの。そして、私達のダンスを多くの人達に見て貰いたいわ」
シャペルは眉を上げた。
「もしかして、ダンスの素晴らしさを広める活動?」
そうだといって誤魔化すこともできた。しかし、ベルは本当のことを言った。
「違うわ」
「違うのか」
「ずっと一緒に踊っていれば、シャペルは私以外の誰とも踊れないでしょう? カドリーユだとしても、私のダンスパートナーはシャペルよ。だから、私のこと、しっかり見ていて欲しいの」
「……ベルの言葉は威力があり過ぎる。ちゃんとわかっている?」
「何を?」
「僕の気持ちだよ」
シャペルは真剣な雰囲気だった。
「シャペルこそわかっているの?」
ベルもまた真面目に尋ねた。
「私の気持ちを」
「わかっているよ。だから、一緒にいる。今夜は沢山踊ろう。楽しい気持ちを感じて、乗り越えるんだ。いつかきっといい思い出になる」
ベルは理解した。
レイフィールのことだ。結ばれないと思っても、まだ想っている。一生で一度だけのダンス。今は辛くても、きっといつか乗り越えられる。思い出になる。そう言っているのだ。
「大事なことをわかっていないんだから!」
「えっ?!」
「シャペルと一緒にいたいの!」
ベルは勇気を振り絞った。
「私の手を離さないで欲しいの! シャペルのダンスで私を魅了して欲しいのよ! ずっと一緒に踊り続けていられるように……そう思っているのに!」
ベルの中に感情が溢れだす。好きという気持ちが。
「ベル……」
ずっと結婚したいとばかり思っていた。しかし、ベルが望んでいることとは違う。
ベルが望んでいるのは……もっと、お互いを知り合って、理解し合って、納得して次へ進むこと。スロウダンスだ。なのに、僕は急ぎ過ぎた。これじゃ駄目だ!
シャペルはもっと必要だと思った。
ベルに近づくための努力。そして、ベルを喜ばせるような言葉が。
「わかった。魅了するよ、ダンスで。楽しくて楽しくて堪らないって思わせる!」
僕の手を一生離せなくなるように……。
シャペルはベルの両手を取ると握りしめ、心からの愛を込めた。
「今夜で秋は終わりだ。明日からは冬だね」
「え? まあ、そうね」
突然のことにベルは戸惑いながらも答えた。
「冬は寒い季節かもしれない。でも、新しい恋を始めるには丁度いい季節だ。恋人と一緒に踊って気持ちを通わせ合えば、心も体も温まる。最高の冬になるよ。ベル、僕と新しい恋を始めるのはどうかな? 一緒に最高の冬を過ごそう!」
「……なんだかシャペルじゃないみたい」
ベルは心の底からそう思った。
「私の知っているシャペルは女性の喜ぶようなことが言えない、駄目だしが多い男性なのに!」
「それって、ベルを喜ばせるようなことを言えてるってこと?」
「そうかもね。今夜は特別なのかも」
「愛の魔法がかかっている夜だからね。いい返事を貰えるまで、何度でも口説くよ。心からの愛を込めてね。今だって、一生懸命込めているつもりなんだ」
ベルは恥ずかしさというよりもむず痒さを感じたものの、たまにはこういうのも悪くないと思った。
「私と一緒にいたいの?」
「そうだよ。一緒にいたい」
「今夜だけじゃなくて?」
「そうだよ。今夜だけにしたくない。ずっとこうしてベルと手をつないでいたい」
ベルの気持ちは自然と言葉になった。
「私、今年の冬から新しい恋を始めたいわ。シャペルと一緒に」
シャペルは顔を輝かせた。
「ごめん!!! 冬まで待てない!!!」
シャペルはベルを抱きしめた。思いっきり力を込めて。
周囲の注目を集めてしまい、ベルは恥ずかしくて堪らなくなった。
でも、私も同じ気持ちなの……冬が待ちきれない! もう新しい恋が始まっているんだもの!
ベルはそう思いながらシャペルに体を預け、愛情を込めて手を添えた。
秋の夜は長い。
ベルはシャペルと一緒に踊る。何度も何度も。楽しさだけでなく、愛を感じながら。
そして、いつの間にか時間は過ぎ去っていく。
二人が待ち望む最高の冬は、すぐそこまで来ていた。
ようやく完結しました!
予想以上に長くなってしまい、リアル季節と真逆(笑)、本編との兼ね合いから後半の投稿がかなりゆっくりになってしまったことをお詫び申し上げます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!!!




