5.魔術師は○○でした
それからも事あるごとに美貌の魔術師は私の前に姿を現した。
「眉間に皺が寄っているよ。せっかく美しい顔をしているのだからできれば笑ってくれないか」
「必要性を感じません」
「そんなにレインのことが好き? 私には全くそうは見えないけど」
「シクカさまには関係ありません」
王太子の婚約者となった手前、学園がない夏休みはほぼ毎日のように王城へ顔を出す義務がある。いわゆる花嫁修業というやつである。なので向かう先は王太子のところではなく主に王妃さまの部屋だ。王子妃としての教育は長いこと受けてきたのでそれほど詰め込む必要はないが油断は禁物である。
王城に来るのはいい。だが毎回のようにこの魔術師と出遭うのはいただけない。夏休みの間だけだ、と我慢しようと思っていたが、よく考えたらゲーム内ではこの魔術師が学園を訪れた時にヒロインを見初めたわけである。新学期が始まってから学園にも現れる可能性は否定できない。
これ以上コイツに関わりたくない。
というわけでゲーム内情報に縋り王太子にどうにかしてもらうことにした。
「パーティーの時から絡まれてますの。どうにかしてくださいませ」
そう訴えると王太子はあからさまに嬉しそうな表情をした。なんだその態度は。
「いや、シーアに頼られるのが嬉しくてな。だがよくシェーンを頼らなかったね」
「兄に迷惑をかけるわけには参りません」
魔術師が王太子の友人、という設定を聞き最愛の兄とも友人関係にあるだろうことは予想できた。だが婚約披露パーティーが開かれて尚、王太子との婚約を盛大に反対している兄に心労の種を増やすわけにはいかない。兄は自分の婚約者ときゃっきゃうふふしてくれていればいい。
兄の幸せが私の幸せである。
「……シーアはぶれないな。ところでその化粧はいつまで続けるつもりなのかな?」
唐突に顔のことを言われ、私はとっさに扇子で口元を覆った。
「そうですね……一応学園に在籍している間は、でしょうか。それがなにか?」
王太子は笑んだ。
「そうか。しかしできれば私はシーアの素顔を見ていたいと思うのだが」
「……は?」
「せめて私以外が見ていない場所ではその化粧を落としてくれないか?」
何を言っているのだこの王太子は。化粧を引っぺがしたらそこにあるのはどこにでもいる平凡顔だぞ。あ、でもそうしたら婚約が間違いだったと思ってくれるかも? ……しかしそれはそれで、別の意味でダメージでかいな。
「あ、忘れているみたいだけど私は君が化粧をする前から会っているからね? 幻滅とか絶対にないよ」
「……そういえばそうでしたわね」
図星である。すっかりそのことを失念していた。そういえば10歳の時から顔を合わせているじゃあないか。
「落とすのはかまいませんが、その後化粧をしてくれる者がおりませんので……」
「うん、そう思って君の侍女たちにも来てもらった」
なぬ?
「え……でも何度も化粧をしたり落としたりすると肌が……」
「大丈夫です、お嬢様! 殿下が最高級のパックをくださいました!」
部屋に引き入れられた侍女たちが興奮したように言う。王太子よ、何故そこまでして私に化粧を落とさせたいのだ。
実のところ、侍女たちが会得している魔法のようなメイクは私にとって仮面のようなものである。自分の平凡顔にコンプレックスを抱いている私にとって、とってもとっても重要なものなのだ。
なのにそれを取れと王太子は言う。
「……殿下の前だけでしたら」
しぶしぶ了承すると手を取られその甲に口づけられた。
「え」
「嬉しいよ、シーア」
だから、兄ほどではないが、その整った顔を近づけるのはやめてくれ。土器がムネムネしてしまうではないか。土器ってなんだ。
王太子の部屋の洗面所を借り、侍女たちに化粧を落とされる。当然ながらその後薄化粧をほどこされ、俯きながら王太子の元へ戻った。つーかもう用件は終わったんだから帰ってもよかったんでは、ということに気付いたのは勧められた二つ目のチョコレートを口に入れた時だった。
「シーア、顔を上げて」
「嫌です」
「可愛いのにな」
ジンセンバニはただの従兄だからいいが王太子に見られるのは嫌だった。何故だろう、とぼんやり思った時、
「シーア、事後承諾で悪いのだがシクカを呼んだ」
とんでもないことを耳にして私は目を見開いた。どっと背中を嫌な汗が伝う。どういうことなのだ。
タイミングよく扉をノックする音がし、衛兵が魔術師の訪れを告げる。
「……私帰ります」
「待ってくれ。アイツに君を諦めさせるにはこれが一番手っ取り早いんだ」
「え? いったい……」
「やあ、レイン。部屋に呼んでくれるなんていったいどういう風の吹き回しかな? もしかしてサワクーロ嬢を口説こうとしている件かい? しかたないだろう、あんなに私の理想を具現化したような美人はなかなかいないのだから。彼女以上の麗人を用意してくれるというなら諦めてやってもいいがそうでなければ私も譲らないよ」
王太子の許可も待たずずかずかと入ってきた主は言いたいことを言うと私を見た。魔術師の眉が寄る。
「……失礼。サワクーロ嬢のご親戚かな? レイン、こちらの女性を私に紹介しようというのか? 確かに彼女に似てはいるが……」
笑みを張り付けるのも忍耐が必要である。さすがの私も王太子が言った意味を理解した。
「悪いがこの私の横にいてもらうには……」
コイツ、ナルシストだ。しかも隣に立つ相手にも同じ水準を求める系の。
女性を怒らせると怖い、ということはわかっているようだがこちらがそれを察した時点でアウトである。私は満面の笑みを浮かべた。
「シクカさま、先ほどぶりですわね」
声をかけてやると魔術師は目に見えて狼狽した。
「……え? その声はもしや、サワクーロ嬢……?」
「ええ、普段は優秀な侍女たちにとても綺麗にしてもらっていますの。驚かれました?」
「シーア、君は今のままでも十分綺麗だぞ」
「まぁ、殿下ったらお口のうまい」
そう言いながらテーブルの下の足をぐりぐりとピンヒールの踵で抉ってやる。さすがの王太子も笑みを浮かべながら汗をかいている。
「そう、だったのですね……」
ふらり、と魔術師は体を揺らし遠い目をした。
「……サワクーロ嬢、貴女がレインとそこまで仲が良いとは思っていませんでした。私の思い違いをお許しください。どうか、お幸せに……」
「シクカさま、ありがとうございます」
ひどくショックを受けた様子で部屋を出て行く魔術師の背中を見送った後、私はもう一度きつく王太子の足を踏みつけてやった。




