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side魔法使い

国から愛された子爵が亡くなり、多くの涙で送られてから、3年の月日が経った。


「ねぇ、エリーン」

三年の月日ですっかりと、潤沢な資産を築き上げ数十年とはいえ栄華を作り上げたアルフォード子爵家とは判別することが出来ない程に落ちぶれた屋敷の居間で、僕は寛いでいた。

掃除が行き届いていない様子で薄汚れ、家具には埃が目立つ。

中よりも外が酷い。

目立たない箇所ではあるけど、壊れて崩れている場所もあった。


あの男が作り上げたものが朽ち果てる。

まったく、なんとも愉快だ。


エーリンという、彼女本来の名前を名乗って生活するようになったエーリンが向かいのソファーに座って、コップに口をつけてお茶を飲んでいる。

その姿は、きちんと貴族の未亡人としての礼節を保っている。

本当に真面目なんだから。

元は、山奥の猟師の娘。

その頃から仲良しな僕しかいないんだから、僕の前でなら楽にすればいいのに。

これも、それも、全てはお仕事の為って事?

なんだか、イラつくよ。

僕といる時に、僕以外に気を向けるなんて、ね。


「何よ、ローク。」


ジッとエーリンを見つめていたら、僕の視線に気づいたエーリンがお茶を飲みながら睨みつけてきた。分かってるよ、エーリン。苛苛しているのを、僕にぶつけているんだろう。

ついさっき、使用人を全て解雇したこの屋敷で家事を任されている少女によって運ばれてきたお茶は、何時お湯を沸かしたのと言いたくなる程温く、吐き出したくなるくらいに渋く、どうしてなんだろう?お茶だというのに舌がピリピリとする。そんな代物だった。

それを表情を変えないように苦労しながら口に運び、我慢して飲んでいたエーリンだけど、我慢も限界だろうね。

エーリンはよく我慢している。

この三年。

彼女が誓った最期の任務は、どんな任務よりも難しい案件だったんだから。

一年でエーリンは疲れ果て、二年目で頭を抱えた。

三年目の今、エーリンの名前は、近くの町で『性格の悪い継母』として悪役にされている。

これ以上、頑張ってもエーリンが傷つくだけだと思うんだよね、僕は。


「ねぇ、エーリン。もういいんじゃないか?

あの娘は、もう15歳だよ。平民なら、もう一人で生計を経てて生きている歳じゃないか。君が引き上げても大丈夫だよ。」


「まだよ。」

目を閉じて、眉間の皺を指で解し始めたエーリン。

分かるよ。僕の意見に同意したいんだよね。

「まだ、あの子は一人で生きていけないわ。」


そうだね。生きてはいけないよねぇ。

あの甘々なお嬢様は、君たちが彼女の為を思って教える全てを覚えようとしないもんね。


未だに、一人でマトモに服を着ることが出来ない。

誰も手伝わないから自分で着るけど、ボタンは引き千切る、布は破く、糸を解れさせる。新品の服を与えても、シンデレラ・アルフォードはすぐにみすぼらしい姿になってしまう。

ホロホロと涙を流してもエーリン達は助けない。だって、助けたらシンデレラは何でもかんでも人に任せたまま暮らすお姫様から成長できない。

エーリンが泣くシンデレラに渡したのは糸と布と針。

マリアは、裁縫の仕方を教えて、手順と見本を見せた。

シンデレラは出来ないと泣き、逃げ出した。それを秘かに追ったアマンダは、シンデレラを哀れみ施しを与えている町の住人の姿を見た。そして、シンデレラの主観でしかない泣き言を漏らすシンデレラの姿も、イラつく心を抑えて見ていた。

それは、その一度だけじゃなかった。

自分の事は自分で出来るようになれ。

そう考え、教えているエーリン達の思いを、シンデレラは曲解し、苛められる自分を嘆くだけで前に進もうとしなかった。


服が着れない。食事も作れない。好き嫌いが多く、エーリン達が用意した庶民の食材では食事が進まない。箒をもって掃除をさせれば、壁を削り、窓を割る。

買い物に向かわせれば、町の住人達を味方につけて、エーリン達の立場を一方的に悪くする。町の中で、片手だけでは足りない程のシンデレラのファンがいるらしい。涙を流すボロボロのシンデレラに同情し、それは何時か愛になって、シンデレラに貢物を渡すようになっていた。

これはエーリン達も気づいていないけどね。


今のままじゃ、マトモな生活なんて出来るわけがないよね。

その美貌と庇護欲を誘う姿で、よくて娼婦?


でもね、エーリン。

なら、何時になったら君は解放されるんだい?この、くだらない任務から。


待ったよ、僕は。

真面目な君が任務を邪魔されたら怒ると分かっているから、邪魔はしなかったよ?だけど、永い時間を生きてきた僕にも限界っていうものがあるんだ。知らないだろう。


可愛い、可愛い、エーリン。

僕が自堕落に、ただ時間が過ぎるままに生きていた中、現れた幼い君。

君は僕が寝床にしていた森の近くに住んでいた猟師の一人娘。

近所に住んでいる子供達を仕切り、引き連れて遊んでいた君の姿は輝いていた。その姿はとても眩しくて、僕の実験場に潜り込んで騒ぎを巻き起こしてくれたのも、楽しかったよ。

最初は、よく騒ぎを起こす妹弟子のようで、あの子を見ているような目で見守っていた。

でも、君は人間。成長して、大人になった。

その姿を見て、僕の中に別の感情があることに気がついたんだ。


ねぇ、エーリン。

千年を生きる魔法使いの興味は、深くしつこいものなんだよ?


僕は気が長い方だと思っていたけど、どうも違うのだとエーリンを見守っていて分かったんだ。


エーリンを独占しているシンデレラ。

エーリンを独占している仕事。

エーリンの心を占めているものは全て許せない。


エーリンの心には、僕だけがいればいい。





クスン クスン

「お母様。どうして死んでしまったの?どうして、私を一人にしたの?」

アルフォード家の敷地だった森の中の、見晴らしのいい小高い丘の上に一つの墓がある。

その墓の前で、みすぼらしい服を身に纏った整った顔をした少女が涙を流して座り込んでいる。


実母を生まれてすぐに無くし、裕福で娘を愛した父親は若い後妻と結婚して亡くなってしまった。若い後妻は、二人の連れ子と共に、美しく育つ正式な子爵家の娘である継娘を苛め抜いた。

裕福な家の財産は継母によって売り払われ、家事を全て押し付けられた。

そんな風に噂される悲劇の少女。

それが今、墓場の前で泣いているシンデレラ。


「さぁ、始めようか。君は幸せになる。エーリンは僕のもとに来る。国には罰を。」


夢見心地に生きるシンデレラは、幻想的なものが大好きだ。

何時か、誰かが助けにきてくれると信じている。

だから、その望みを叶えてあげる。


光の鱗粉を振りまく七色の蝶、可愛らしい小鳥を作り、僕の周りを飛び続けているように命令する。あとは、色とりどりの花びらでも空から降り注げば、面白いかな?



「泣かないで、シンデレラ。」

顔を隠した黒いローブを外して、人から好かれるような微笑みを浮かべる。

この顔って長く作ってると、頭が痛くなるんだよね。

魔法使いなら人を助けて当たり前って馬鹿な事を言い出す変人まで寄ってくるし。

でも、この顔が無害そうで、慈愛に溢れた好青年って見られるってことは知っている。


ほら。

シンデレラも涙を流す事を忘れた、うっとりとして気持ち悪い顔で僕を見上げている。


「可哀想なシンデレラ。私は貴女を助けたい。」

「私を?…ありがとう。優しいのですね、魔女様」


「…いいのですよ。さぁ、シンデレラ。私の言うことを良く聞いて。」

この娘。頭だけじゃなくて、目も悪いのかな?

どうやったら、僕が女に見えるんだろう?


でも、まぁいいや。

魔女って事にしておけば、僕がやったってバレないよね。


さぁ、待っていて。

エーリン、ようやく君を新しい我が家に連れ帰ることが出来るね。





そして、『シンデレラ』の物語は始まった。

お粗末様でした。


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