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つなぐ

 広場の静寂は突如として破られた。

 オオオオと鳴り始めた枝の重なりを、タタは息をつめて見ていた。


 束になった枝も、その枝がつながる木々も、黄土色のすべてが震え始めた。

 ミカエルは、短剣を持つ手に力を込めて、警戒の眼差しを向けた。




 それは一瞬だった。




 シェイドたちを丸呑みして覆い隠していた枝の重なりに、真一文字、黒い光が一閃した。

 すべてを焼き尽くすような強烈な輝きが、そこから生じた。



「タタ! こっちだ!」



 ミカエルの鋭い声に、タタはハッとして視線を向けた。

 一瞬の判断で、すぐさまタタは広場に駆け出した。

 ミカエルとハシマを守る防御壁は、タタを迎え入れた。


 タタはミカエルの横に同じように片膝をつき、黒い光の生じる方向を見た。






 爆発した。






 黒い光が裂かれた切れ目からカッと広がった。

 ゴゴゴゴオッという激しい振動と爆風が、広場全体を襲った。

 白と緑の防御壁は、すべてをつるりと受け流しながら、中にいる3人を守った。

 爆風で吹き飛んでくる黄土色の欠片や瓦礫が、防御のドームに次々とぶつかり、後方へと流されていった。

 黒い輝きも眩しく、ミカエルとタタは半ば目を閉じざるを得なかった。





 止まった。





 爆発も閃光も終わり、嵐が過ぎたように静けさが戻った。

 ミカエルとタタは、やっと目を開け、状況を見ることができた。



 噴煙がたなびく中に、黒き力の矛をおさめたシェイドが立っていた。

 シェイドは両腕を高く掲げ、天を見上げていた。

 その先には、フロウを抱く黄土色の玉があった。


 シェイドの足下の後方に、倒れ伏す人影が見えた。

 土煙が沈みゆく中、視界が晴れ、イセとミカゲの姿が現れた。

 二人は折り重なるように倒れ、意識を失っていた。




「フロウ」




 シェイドが、天に浮かぶ黄土色の玉に向かって、驚くほど柔らかな声で呼びかけた。


 黄土色の玉は、瞬く間に霧散した。


 天に横たわるフロウがいた。

 緩やかにフロウは下降した。


 やがて、シェイドはフロウをその腕に抱いた。






「ミカエル、ゴホッ、フロウを、こちらに、呼んで、早く」


 夢を見るようにぼんやりとしていたミカエルは、背後からの鋭い声にハッとした。

 問い返すこともなく、ミカエルは声を張った。




「シェイド! フロウを連れてこちらへ急いで来てくれ!」


 シェイドはミカエルに頷き返し、足場の悪い中を歩き出した。

 壊れ物を運ぶような慎重さだった。

 シェイドの表情は険しかった。



 とうとうシェイドはミカエルの前に立った。

 立ち上がったミカエルの背は、シェイドよりわずかに高かった。


 ミカエルも険しい表情でシェイドを迎えた。

 ミカエルはフロウに視線を移した後、すぐにハシマを振り返った。


「ハシマさん、どうしたらフロウを助けられるのですか」

「僕の、横に、フロウを」


 シェイドはハシマを見た。

 血に汚れ、うつぶせで肘をつき顔を上げるハシマは、爛々と光る目でシェイドを見返した。


 シェイドは躊躇した。

 この男だ、と分かったからだ。

 フロウを飾っていた、これ見よがしの魔術の主だ。



「シェイド、一刻を争う」



 ミカエルのまっすぐな声に、シェイドは我に返った。

 一時の感情で判断を見誤ってはならない。

 シェイドは奥歯を噛みしめ、フロウをハシマの隣に静かに横たえた。




 タタは状況を察し、静かに身を引いていた。

 自分がしゃしゃり出る場ではないと理解していた。

 タタは胸を押さえた。

 タタの中にはフロウの一部がある。

 そのフロウを本人に返すタイミングまで、時を待つのだとタタは思った。




 ハシマは慈しみと苦痛を混ぜたような複雑な顔で、フロウを見た。

 人形のように動かないフロウ。

 以前ハシマは、死にかけたフロウを救い上げたことがある。

 その時よりもずっと分が悪い。




 ハシマはちらりとシェイドを見た。

 ハシマは、隠しきれない苦悩、敗北感を、フロウを見つめるシェイドの顔に認めた。




 ざまあみろ。

 破壊バカにはフロウは救えない。




 ハシマはちらりとミカエルに視線を移した。

 ミカエルは、ハシマを見ていた。

 目が合ってしまい、ハシマはギクリとした。


 すぐに目を背けた。

 ミカエルの眼差しは、ハシマの弱った体をざわめかせた。

 その目に、まぎれもない信頼と心配の色を見た。




 フロウを救えるかどうか不安でたまらない。

 そばにいて。

 助けて。




 ハシマは、己に心に浮かんだ思いの一片も、ミカエルに見せたくはなかった。







 ハシマは地に転がったまま横向きになり、額をフロウの頭に当てた。



 もう余計なことは考えない。

 すべての命をフロウに与える。

 それで自分が死ぬのなら、それまでのこと。

 ともに死ぬのなら、それはそれでよし。



 ハシマは呪文の詠唱を始めた。

 神経は研ぎ澄まされ、頭は冴えた。


 正確無比な詠唱が行われた。

 ハシマの魂は己の生命力を根こそぎ持って、フロウの中へと向かった。





 短剣を握りしめ、ミカエルは眉を潜めた。

 今のミカエルには、ハシマの力の流れが見えるのだ。

 ハシマの成そうとしていることを、おぼろげながらも理解し始めた。


 果たしてこれは、フロウとハシマ、二人が助かることにつながるのだろうか。

 今、自分の目の前で、二人の命が諸共消え去ろうとしているのではないか。

 正解が分からない。

 ここでこうして見ていることが正しいのか。


 ミカエルの背筋を冷たい汗が滑り落ちた。

 助けたかったはずの二つの命が崖っぷちにいるにも関わらず、ただ見ているしかできないことが歯がゆかった。






「俺も行く」





 シェイドが言った。

 ミカエルは驚いた。

 シェイドの魔力の強さは、十分に見せつけられて分かってはいるが。

 何がどこまで可能なのだろう。



 シェイドは、フロウを挟んでハシマと逆側に身を伏せ、フロウの頭に額を寄せた。


 ミカエルは息をのんで見ていた。

 シェイドの黒い輝きは、ハシマの構築した魂の流れの中に、スルリと乗り込んだ。


 便乗した。


 ミカエルは呆気にとられた。

 ハシマはすでにこちらでの意識を失っている。

 流れに沿って魂を注ぎ込みながら、シェイドは言った。



「死なせない」

「! シェイド、二人を頼む!」



 ミカエルは目を閉じかけたシェイドに言った。

 ミカエルの言葉を受け、シェイドは完全にまぶたを伏せた。







 ひび割れ、瓦礫が転がる広場の中、円状に残った平らな地に、シェイド、フロウ、ハシマが静かに横たわっていた。

 ミカエルは短剣を握ったまま、3人を見下ろしていた。

 一歩、引いたところにタタがいた。


 ややあって、タタが口を開いた。


「どうなってんの?」

「ハシマさんは、自らの生命力をフロウに与えて、その命をつなごうとしている。ハシマさんが道を開き、シェイドもそれに乗った。二人の魂はフロウの中だ」

「これからどうなる?」

「全然見当がつかない。成功するのかも分からない」

「マジか」

「ああ。信じるしかない」


 タタは視線を移した。


「あっちの二人は」

「命に別状はなさそうだ。連れてこようか。全員の安全を守らないと」


 ミカエルもタタと同様、倒れたままのイセとミカゲを見た。





 広場には、あたかも、非常事態はすべて収束したかのような静けさが満ちたのであった。

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