イセの惑乱
爆発したい。
どこまでが自分の意思で、どこまでが薄曇りの暗さの意思なのか。
大きな力を手に入れたイセは、世界の何もかもを理解し、何もかもを自在に動かせるような、そんな大きな気持ちになっていた。
心は軽く、幸福感に満たされている。
爆発したい。
運命の女と出会った。
こんなところばかり、宵闇の青の直系らしい直感が働いた。
間違いなく自分にとってただ一人の女だ。
その魂の抱える傷が、痛いほど理解できる。
共感とともに抱きしめてみると、むしろお互いの魂の違いが浮かび上がってくる。
今度はその違いがイセを感動させる。
間違いない。
ミカゲは運命の女。
爆発したい。
大満足だ。
さあ、これからどうしよう。
思い切り爆発するか。
やっちゃうか。
ワクワクする。
楽しくてたまらない。
この爆発は、みんなの願いだ。
追いたてられ、行きづまり、憎み、苦しみ、両手に持ち切れないほど葛藤は膨らんで。世界はそんなものでパンパンになり、破裂寸前だ。
爆発して、ゼロに戻りたいのだ。
誰もが、生まれる前の混沌に還りたがっている。
世界のみんなの幸福、喜び、それこそがイセ。
言うなれば神だ。
この力は、神そのもの。
その爆発を邪魔する奴らがいる。
無粋。
チリチリと不快な感触がある。
イセの力を増強していた女神の恩恵がいつしか消えた。
イセの中に、いら立ちが生じる。
爆発したい。
生み出したキメラが少しずつ力を切り落とされていく。
イセの力も削がれていく。
イライラする。
それは、恐怖に似ている。
無力に戻る恐怖。
爆発したい。
もっと力を。
ミカゲ。
その力を。
「ミカゲ」
「どうしたの?」
暖かな日差しの降り注ぐ草原で、イセとミカゲは並んで座っていた。
ノースリーブのブラウスから伸びるミカゲの腕は引き締まって細く、短いフレアスカートの下に折り畳まれた足は、傷痕だらけであるが華奢で可憐だった。
イセの視線を追い、ミカゲは頬を赤らめて言った。
「ジロジロ、どこ見てんだ」
「待てない」
「はあ?」
「ミカゲ」
「何?」
不穏を感じとったのだろう、わずかな怯えを含んだ表情のミカゲがイセの目の前にいる。
イセの中にいる獣が口を開ける。
「ちょちょちょちょっと!」
「ミカゲ。少し、急ぐ」
イセは、ミカゲを地に押し倒した。
ミカゲが怯えと抗議を込めた目でイセを見上げ、体をよじった。
イセは、ミカゲの抵抗をものともせず、ミカゲをひっくり返して、うつ伏せにした。
「やめろ!」
ミカゲは怒った口調で抗議の声を上げた。
イセは、うつ伏せに組み伏したミカゲの耳元に口を寄せて言った。
「己の無力と無意味を否定したくて、ここに来たのだろう」
ジタバタと暴れていたミカゲが動きを止めた。
イセは続けた。
「私にはその力がある。ミカゲ、欲望を果たそう」
青ざめたミカゲが、顔を横に向けたまま問いかけた。
「お前…誰?」
「私はイセ。神と同じ」
「違う。違う、こんなの違う!」
「反抗するとは。私に愛されているからといって、いい気になるな」
「いやだ!」
ミカゲは再び暴れだした。
イセは、ミカゲを押さえつけたまま、ミカゲのブラウス背中に顔を寄せた。
それはちょうど、ミカゲの心臓の後ろだった。
「ああ!」
ミカゲはのけ反り、悲鳴をあげた。
イセはミカゲの背中に押し付けた唇から、薄曇りの暗さの力を吹き込んだ。
ミカゲは身をよじった。イセは、ミカゲの様子に少しも構うことはなく力を注ぎ込んだ。
「いやあ!」
薄曇りの暗さの力は、ミカゲに大きな変化をもたらした。
ミカゲの体は、みるみるうちに成長を遂げた。
するすると手足が伸び、体が丸みを帯びた。
身に付けている服は破れることなく、成長したミカゲのサイズにフィットした。
かつて、四つ辻の肉屋との戦いにおいて、シェイドとフロウも似通った体験をしている。
しかし、今のミカゲには、その当時の二人にはあった当人の意志というものがまったくなかった。
強引で無理矢理で強制的な所業であった。
力の注入を終えたイセは、大人の体になったミカゲを仰向けにして、抱き起こした。
ミカゲは困惑しながら、自分の手足を見下ろしていた。
「きれいだ。ミカゲ」
「イセ。そんな。おかしいよ、こんなの。俺、まだ」
「このミカゲならば、何も問題はない」
「問題だらけだろ」
眉間にしわを寄せるミカゲに対し、イセは感じ入るように言った。
「爆発したい。私たちはみんなに望まれ、愛される神だ」
「そんな大層なもんじゃない。お前、本当にイセなのか?」
「欲望に逆らうな。誰の目にも止まらない、無力な自分の方がいいのか?」
「それは」
「不様な姿をさらし、憐れみを向けられ、ため息をつかれる。あがけばあがくほど、泥沼にはまる。いつしか、ただ呼吸することさえ、苦痛となる。抜け出す力のない己に、誰よりも自分自身こそが嫌悪の刃を向ける。臓腑をかき回すがごとき、その苦悩を知っているだろう」
「俺は」
「知らないとは言わせない。胸の奥にふたをして飼い続けてきただろう。成すすべのない無力感を」
「そんな」
ミカゲは青ざめ、絶句した。
揺れるミカゲにイセは口づけた。
ミカゲは何かに耐えるように眉を寄せ、うめいた。
「んん!」
イセは唇を離すと、呼吸もままならない様子のミカゲに告げた。
「逆らうな。黒い力を捧げよ。爆発しよう」
イセの全身が青く光った。
そのイセが再び口づけをすると、今度はミカゲの体が黒い光を放ち始めた。
青と黒の光は混ざって色を変えた。ちょうど、イセが身に付けているブルーグレーのカーディガンの色のようだった。
爆発したい。
誰の意思なのか。声なのか。
混然として分からなくなる。
灰色の煙が立ち込める。
世界は黄土色に染まり、ドクドクと脈打つ。
青と黒もそこに溶け込んで飲み込まれる。
爆発したい。
ただそれだけになる。




