魔封じの間の戦い
魔封じの間は、客間程度の広さである。
そこに、テーブルセットがひと組、ベッド、洋服ダンス等の家具が置かれている。
背の高いシェイドと大柄なグランドが戦う場としては手狭であり、逃げ場に乏しかった。
「ふん!」
グランドが振るってきた拳を、シェイドはイスを持ち上げて防いだ。
生身であるにも関わらず、グランドの拳はそのイスを破壊した。
シェイドは素早く身を引いた。
立て続けにグランドの蹴りが飛んできた。
シェイドはテーブルを放り投げた。グランドはテーブルを蹴り落とした。
テーブルも無残に割れた。
グランドは人並み外れた戦闘力を有していた。
シェイドはデンジに鍛えられた日々に感謝した。
それがなければ、あっという間にここで命を落としていたに違いない。
反撃の隙を窺いながら、シェイドはグランドの攻撃を避け続けていた。
ヒルダは、ベッドと壁の隙間で身を縮めていた。
呪符を握りしめ、べそをかいていた。
「おまえ、不良品かよ」
ヒルダは呪符に文句を言った。
ヒルダは分かっていないが、ここは魔封じの間である。その必然により、呪符は発動しなかった。
ベロニカのケアレスミスである。ベロニカは、ヒルダへの指示を間違えた。
ヒルダは首をすくめた。
先ほどから、ドカッ、メキッ、グシャッといった恐ろしい破壊音と、男たちの荒ぶる声ばかりが聞こえてくる。
ヒルダは怖くてたまらなかった。
グランドの蹴りが洋服ダンスを襲った。ひきだしが潰れた。
その攻撃をかわしたシェイドは、いよいよ反撃に転じた。
「せい!」
狙い澄ましたシェイドの拳は、グランドの頬をとらえた。
眼帯のある側、視界の悪いグランドの右頬に、シェイドの拳はヒットした。
シェイドは休まず、連打した。
太い首に支えられたグランドの頭は、驚くほど揺るがなかった。
グランドはシェイドの頭を両手でとらえた。
そして、頭突きをした。
「うあ!」
シェイドの額が薄く切れて出血した。
同時に激しく脳が揺さぶられ、めまいがした。
シェイドは反射的に、グランドの腹をブーツのかかとで蹴りつけた。
「グオッ」
グランドは思わずシェイドを手離した。
シェイドはグランドから距離をとった。揺れる視界を支えるように、頭を押さえた。
グランドは間髪を入れずシェイドに駆け寄った。
シェイドを目がけ、グランドの拳が振るわれた。シェイドは素早く避けた。
グランドの拳はベッド脇の壁にめり込んだ。パラパラと硬質な壁材が崩れ落ちた。
グランドが壁を打った一撃は、あまりにもヒルダから近かった。
ベッドの影に隠れながら、ヒルダはたまらず叫んだ。
「フロウに用なら、ここでやるな! フロウのとこでやれよ!」
シェイドは腕でグランドの拳をガードしながら、ヒルダの言葉に鋭く反応した。
「フロウの居場所を知っているのか!」
「すぐそこの広場! イセが抱いてる! 早くそっち行け!」
「イセだと?」
グランドもヒルダの言葉に反応した。
ヒルダは必死に訴えた。
「イセだよ! 薄曇りの暗さのせいで頭がおかしくなったイセが、女をはべらせて暴れてるんだ! あたしも連れてかれそうになったから、ここに匿われた! フロウはそっちにいる!」
シェイドの頭の中で、今更ながら情報がつながり始めた。
ここは王立魔術学院なのだ。
シェイドはここに至るまで、己がどこに転移したのかさえ把握しようともしていなかった。
サイゴの塔において、宵闇の青の至高の魔術が展開されたのである。その魔術の軌跡を追ってたどり着くのは、そもそも、サイゴのツギの塔以外にはあり得なかった。
かつての戦いにおいて、敵はサイゴのツギの塔の機能を用いて、サイゴの塔に対し魔術で干渉した。それによって、まことの黒は大変苦しめられた。逆の機能はサイゴの塔にはなかったのである。
魔術の軌跡をたどり転移するといった離れ業は、おいそれと成し遂げられるものではない。ダンテとシェイドは、桁外れの魔力でそれを成したわけである。
王立魔術学院は、サイゴのツギの塔を擁する。
ならば、ここは学院の敷地内だ。
キングが言っていた。
王立魔術学院の干渉を防ぐため、ヒルダを学院に配置したと。
ヒルダの力が及ぶことで、おそらく薄曇りの暗さが発生する。
生まれたての薄曇りの暗さは、それほどの悪さをしないはずだが、学院は混乱し、我々への対応は手薄にならざるを得ないだろう。
キングは策をそう話していた。
ヒルダはキングの思惑通り、王立魔術学院において、薄曇りの暗さを発生させたのだ。
その後、ヒルダは魔力を封じるこの部屋に置かれ、外から封印された。
そして、ヒルダは今もなお、ここにいる。
それはすなわち、薄曇りの暗さが、脅威を及ぼし続けているという事実を示している。
その脅威の中にフロウがいるのだ。
これは、そういう話だ。
シェイドの中で、断片的に浮遊していた状況理解が形を成した。
シェイドは突然、駆け出した。
グランドは、イセの名と、把握していなかった薄曇りの暗さの話に、気をとられていた。
グランドは、サイゴの塔の監視に集中するあまり、自らの足元、学院で起こっている異常に、まったく気がついていなかったのだ。
シェイドは、グランドが追い付けないスピードで足を踏み切った。
シェイドの飛び膝蹴りが、グランドの顎に入った。
「グアッ」
顎から響く衝撃に、さしものグランドも膝をついた。
シェイドはヒラリと着地した。
そして、そのままグランドもヒルダも振り返ることなく、魔封じの間のドアを開け、飛び出して行ったのだった。




