人形劇3
舞台が暗転する。
再びライトが照らし上げ、次の場面が始まる。
かすかな違和感がある。
だがしかし、それだけだ。
あとは圧倒的なリアリティーの中。
サイゴの塔の一室で、ダンテとラナと、テーブルを挟んで向かい合わせにシェイドは座った。
「ギルさんもデンジさんもソフィアも、俺の両親は死んだと言っていた」
シェイドは主にダンテに話しかけた。
ラナの顔は、いまだまともに見ることができなかった。
ダンテはシェイドと同じ黒曜石の瞳を向けて、静かに話した。
「宵闇の青に隠され、密かに飼われているのだ」
シェイドは眉をひそめた。
ダンテは唇の端を上げて、わずかに苦く笑ったようだった。
「俺がそうすることを選んだ」
ダンテは続けた。
「サイゴの塔の力については、知っているだろう?」
「知っている。魔力を増強し、魔術師を高みに押し上げる。パワースポットと言われるのはそのため。しかし、真価は別のところにある」
「そうだ。サイゴの塔の本当の力は、毒性を持つ魔力の無毒化だ」
シェイドがそれを理解していると分かると、ダンテは心なしか満足そうであった。
そんなダンテの小さな表情の動きに、シェイドは心を動かされた。
あんたに教わった訳じゃないし。
そのくらい知ってるし。
子どもじみているひねた心の動きに、シェイドは我がことながら呆れた。
知っていると答えたにも関わらず、ダンテは説明を続けた。
「濃度の高い魔力は、暴走しやすく脅威的である。毒性を帯び、命あるものを破壊する」
「知っている。サイゴの塔は、魔力の溜まり場に造られた。魔力の毒性を取り込み、精製し、正常な魔力として世界に還元する」
「その通り」
ダンテはうれしそうだった。
シェイドは面映ゆい気持ちになった。
シェイドは咳払いをして、ダンテに先をうながした。
ダンテは頷いて続けた。
「サイゴの塔は、畏怖すべき神秘であり、権力のシンボルであり、世界の安全な魔力バランスを保つために欠かせない装置でもある。そこまでは俺たちも宵闇の青も知っていた」
「ああ」
「誰も知らなかったのは、サイゴの塔が正常に稼働するためには、実はまことの黒の魔力を必要とする、という事実だ」
「どういうこと?」
「宵闇の青はゴードンを討ち取り、サイゴの塔を支配した。まことの黒の一族はセンターエリア0を追われ散り散りになって逃げた。そんなことは歴史上一度もなかった。だから誰も知らなかった」
ダンテは腕組みをして、一度息を吐いた。
「サイゴの塔が異常をきたし暴走。奇妙な現象を起こし始めた。宵闇の青ではどうしようもなかった。俺がサイゴの塔を取り返そうと乗り込んだ時、その現象が完全にではないが治まったのだ。因果関係は明白だった」
ダンテはラナを見た。
ラナはダンテにほんの少し、微笑み返した。
「おそらくサイゴの塔を造ったのは、まことの黒の先祖だ。サイゴの塔を支配する権利を簡単に失わないための仕組みかとも思うが。黒い魔力が見当たらなくなると混乱する塔。どうだ? 俺たちらしいだろう。己を保つために、必要とする相手がいる。その相手をわがままに選り好みする」
ダンテは、ラナの手を取って軽く口づけた。
ラナは頬を染めながら、とがめるように目を細めてダンテを見た。
何してんだ。
ダンテとラナの様子を前に、シェイドは大変、居心地の悪い思いをした。
重要な話の最中に、その辺を絡めることはやめてほしかった。
なぜなのか、ただでも思考がおぼつかないのだ。
シェイドはもう一度咳払いをした。
ダンテは視線をシェイドに戻し、話を続けた。
「宵闇の青は、まことの黒を根絶やしにしたいほど憎んでいる。しかし、世界中に宵闇の青の名を轟かすために不可欠なサイゴの塔の支配には、黒い魔力がいる。宵闇の青は俺に取引をもちかけた。俺はそれに応じたのだ」
ダンテは次のように秘密を明かした。
宵闇の青の提案は次のようなものだった。
ダンテが要求をのめば、まことの黒を深追いはしない。
万が一、ダンテの息子である直系が生き残っていた場合、それは話が別であるが、後の残党については見逃す。
まことの黒への憎しみを燃やす宵闇の青の一族への手前、残党狩りを継続せざるを得ないが、形だけのことである。
サイゴの塔の中では時の流れが止まっているに等しい。
魔力の作用で時空が歪んでいるのだろう。
ダンテはただそこに居続ければよい。
『まことの黒ダンテ、外界との関わりを絶ち、サイゴの塔の維持装置の一部となれ』
ダンテは悩んだ。
ダンテは疲れ切っていた。
狂気と正気を行き来し荒れ狂う父ゴードンの元で生きることは非常に苦しいことだった。
母ソフィアの存在は救いであったものの、ゴードンの死、またその後の尻拭いも恐ろしく疲弊することであった。
戦争で多くの命が失われる世界を終えたかった。
ダンテはラナを望み、宵闇の青は了承した。
互いに偽りなきよう、魔力で契約を結んだ。
こうしてダンテとラナは、サイゴの塔に飼い殺しにされることとなったのだ。
サイゴの塔は、まことの黒の一族を失い、今も異常現象を起こし続けている。
ダンテ一人の存在では、足りなかったようなのだ。
ダンテはその異常を解決するために、塔やセンターエリア0を駆け回る日々を送っている。
そうはいっても大きな変化のない繰り返しの日常である。
外界と遮断された世界。
恒久の平和を感じさせる。
ダンテとラナは、かりそめの平和を生き続けてきた。
「ソフィアもデンジも宵闇の青は見逃した。本来ならば生きてはいなかったはずだ。このまま、なあなあになっていくはずだったのだが、信じられないことにシェイドが見つかった」
まことの黒直系たるシェイドは生かしてはおけない。
爆発的な力で復讐してくるはずである。
シェイドを中心として、まことの黒が再び勢いを取り戻すことさえ十分にあり得る。
宵闇の青は、シェイドを殺してしまいたかった。
しかし、なかなかそうはいかなかった。
そこで、シェイドをダンテと同様に扱うことにしたのだ。
宵闇の青の中枢部は、一族の手前、シェイドを殺そうとつけ狙っているのだと装い続けた。
その後ろで、交渉の地であるサイゴの塔へ、シェイドを誘導するべく画策した。
フロウという存在が役に立った。
どこからかもたらされたフロウの情報を、宵闇の青は最大限に生かした。
人質フロウ。
交渉は父親ダンテと母親ラナ。
宵闇の青が望む結果は、シェイドがサイゴの塔に留まり、塔の維持装置となること。
シェイドは考えをまとめきれなかった。
「俺はここから出られない、ということなのか?」
「シェイドがここにいれば、争いは終わる。まことの黒直系が、外の世界に存在しなくなることで、宵闇の青は矛を収める。余計な血は流れない。直系を失って尚、戦う力は、まことの黒にはない」
「デンジさんは諦めてない」
「力不足。どうにもなるまい」
シェイドは唸った。
「俺にここにいろと?」
「自分で決めて構わない。フロウに会うか?」
ダンテはさりげなく言った。
シェイドは驚いた。
そういえばそうだった。
そもそも、人質になったフロウを救いにきたはずなのだ。
魔力が満ち、感覚は鋭敏になっているようだが、これほどまでに思考がおぼつかないのはなぜだろう。
シェイドはいよいよフロウに会うことになった。




