表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/124

人形劇2

 シェイドはダンテの背を追い、サイゴの塔に足を踏み入れた。


 サイゴの塔の中は見たこともない不思議な空間であった。


 塔の外側と同じ黒い光沢のある建材が用いられている。

 黒い水晶のようなものが、独特の光沢を放ち、上下左右の壁や床から突き出していた。

 この水晶らしきものが、建材そのものなのかもしれない。


 塔という人の造ったものの内側に入ったはずなのに、まるで天然の洞窟に入り込んだような第一印象なのであった。


 そして、第一印象を覆すものが、すぐに視界に入ってきた。

 人工的な黒い筒状のものが、床から天井までを貫いていた。

 フロアの中心にあるそれに向かってダンテは進んだ。



 照明器具はないにも関わらず、視界はクリアだった。

 シェイドの目には、シャツ越しにダンテの背の筋肉の動きまで見えた。


 静謐な空間に、足音と互いの息遣いだけが響いていた。





 ダンテは黒い筒状のものの前で立ち止った。

 ダンテが手をかざすと、筒状のそれに、長方形を切りだすように光が走った。

 人が通れる大きさの長方形は、速やかに横にスライドした。

 ドアだった。


 ダンテはその中に入った。

 シェイドも続いた。

 ドアが閉じた。


 ダンテが手をかざすと、二人の入った円筒形の小部屋は動き出した。


 シェイドは浮遊感を感じた。

 小部屋は上に進んでいるのだと理解した。

 ダンテは言った。


「これはチューブ。塔の上から下まで、行きたいフロアまで我々を運ぶ乗り物だ」


 小部屋が止まった。

 音もなくドアが開いた。

 ダンテがチューブを出て、シェイドもそれに続いた。





 チューブから降りた先は、すぐに居室となっていた。

 場違いに感じるほど突然に、日常的な内装を目にすることとなった。



 クリーム色の壁、無垢材とおぼしき風合いのあるフローリング。

 象牙色のカーテン。

 テーブルやイス、チェストといった家具も、天然木そのままの柔らかな味わいを見せている。

 


 温もりのある家庭的な空間だった。

 シェイドが戸惑う中、ダンテは右手奥にあるドアに進み、ノックをした。



 ドアの奥から、はい、という細い女の声が聞こえた。

 シェイドは心臓をわしづかみにされたかのように、苦しくなった。





「ラナ」


 ダンテが呼んだ。

 ドアが開き、女が現れた。





 何もかもが立て続けであり、急なことであった。

 シェイドには、むしろすべてがスローモーションに見えたくらいである。

 しっかりと物事を認識できているのか、シェイドにはもう分からなくなってきた。





 女は美しかった。

 肩を越えるくらいの長さに伸びた黒髪。

 涼しげな目元はすでに潤んでいる。

 緊張のためか青ざめた顔は、少しやつれて見えた。

 細身だが、ダンテに並ぶと丁度いいくらいの背の高さがあった。

 黒いシフォンワンピースは、柔らかくもシックな印象で、ラナによく似合っていた。



 ダンテを見た時にシェイドは、ダンテは自分に似ていると感じた。

 ラナを見た今、シェイドはやはり、ラナは自分に似ていると感じた。



 しかし、それ以上のことをシェイドは考えられなかった。

 まるで激しい戦闘をした後のように、心臓がドクドクと鼓動し続けていた。

 心と体がバラバラに動いているかのようだった。





 ダンテはラナの両肩に手を置き、ラナをうながした。

 ラナはよろめくように、一歩、また一歩と足を踏み出した。




 ラナの目から大粒の涙が次々こぼれ落ちた。




 ラナは、歩みを止めた。

 ラナは、シェイドにはまだ全然手の届かない距離で、立ち尽くしていた。

 ラナは声も上げず、はらはらと涙を流し続けた。


 シェイドも動けなかった。

 ただ、ラナを見ていた。

 ラナの唇が音もなく言葉を刻んだ。




 ごめんなさい。




 確かに、ラナがそう言ったのをシェイドは見た。

 瞬間的にシェイドの中に湧き上がったのは、凄まじい怒りだった。





 謝るな!

 謝るな!聞きたくない!

 謝るくらいなら、なぜ一人にした!

 その言葉を口にするな!

 俺に許せと言うのか!

 謝るな!

 そんな言葉は聞きたくない!

 




 かつて、カロナギ国で、ダンテの母でありシェイドの祖母であるソフィアにも、同じように謝罪されたことがあった。

 その時には、これほどまでの感覚にはならなかった。

 その時とは比較できないほどの怒りが、シェイドの中に生じていた。


 先程、ダンテもシェイドに声をかけた。

 それもソフィアの時と感触は似ていて、揺さぶられはしたものの、今この瞬間ほどの激しさには至らなかった。




 ともに過ごした幼い頃の記憶がわずかにでも残る分、母親に対しての思い入れが強いからなのか。

 それとも、母親とは、そうでなくとも限りなく特別な存在であるからなのか。




「シェイド。我慢しなくていい。この塔の中では、感情を制御する必要はない。行き過ぎた魔力は安全に処理される」




 ダンテの言葉に、シェイドは叫びたくなった。

 何てことを。今、そんなことを言われたら。






 堪えきれずに、シェイドの涙腺は崩壊した。






 やめてくれ、頼むからもうやめてくれという言葉だけが、シェイドの中を巡っていた。

 ラナに対してなのか、ダンテに対してなのか、自分に対してなのか、この状況すべてに対してなのか。



 10歳の頃と変わらないような、余計に無様であるような自分に気がつきながら、シェイドは激情を止めることができなかった。


 怒りを明確に意識できたのも最初だけで、いまや自分が何を感じているのかも分からなくなった。



 シェイドとラナは、ひたすら泣き続けた。

 そのうち、ダンテまで泣き始めた。











 こうしてシェイドは、ダンテ同様、母親ラナが存在することも信じたのであった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ