人形劇2
シェイドはダンテの背を追い、サイゴの塔に足を踏み入れた。
サイゴの塔の中は見たこともない不思議な空間であった。
塔の外側と同じ黒い光沢のある建材が用いられている。
黒い水晶のようなものが、独特の光沢を放ち、上下左右の壁や床から突き出していた。
この水晶らしきものが、建材そのものなのかもしれない。
塔という人の造ったものの内側に入ったはずなのに、まるで天然の洞窟に入り込んだような第一印象なのであった。
そして、第一印象を覆すものが、すぐに視界に入ってきた。
人工的な黒い筒状のものが、床から天井までを貫いていた。
フロアの中心にあるそれに向かってダンテは進んだ。
照明器具はないにも関わらず、視界はクリアだった。
シェイドの目には、シャツ越しにダンテの背の筋肉の動きまで見えた。
静謐な空間に、足音と互いの息遣いだけが響いていた。
ダンテは黒い筒状のものの前で立ち止った。
ダンテが手をかざすと、筒状のそれに、長方形を切りだすように光が走った。
人が通れる大きさの長方形は、速やかに横にスライドした。
ドアだった。
ダンテはその中に入った。
シェイドも続いた。
ドアが閉じた。
ダンテが手をかざすと、二人の入った円筒形の小部屋は動き出した。
シェイドは浮遊感を感じた。
小部屋は上に進んでいるのだと理解した。
ダンテは言った。
「これはチューブ。塔の上から下まで、行きたいフロアまで我々を運ぶ乗り物だ」
小部屋が止まった。
音もなくドアが開いた。
ダンテがチューブを出て、シェイドもそれに続いた。
チューブから降りた先は、すぐに居室となっていた。
場違いに感じるほど突然に、日常的な内装を目にすることとなった。
クリーム色の壁、無垢材とおぼしき風合いのあるフローリング。
象牙色のカーテン。
テーブルやイス、チェストといった家具も、天然木そのままの柔らかな味わいを見せている。
温もりのある家庭的な空間だった。
シェイドが戸惑う中、ダンテは右手奥にあるドアに進み、ノックをした。
ドアの奥から、はい、という細い女の声が聞こえた。
シェイドは心臓をわしづかみにされたかのように、苦しくなった。
「ラナ」
ダンテが呼んだ。
ドアが開き、女が現れた。
何もかもが立て続けであり、急なことであった。
シェイドには、むしろすべてがスローモーションに見えたくらいである。
しっかりと物事を認識できているのか、シェイドにはもう分からなくなってきた。
女は美しかった。
肩を越えるくらいの長さに伸びた黒髪。
涼しげな目元はすでに潤んでいる。
緊張のためか青ざめた顔は、少しやつれて見えた。
細身だが、ダンテに並ぶと丁度いいくらいの背の高さがあった。
黒いシフォンワンピースは、柔らかくもシックな印象で、ラナによく似合っていた。
ダンテを見た時にシェイドは、ダンテは自分に似ていると感じた。
ラナを見た今、シェイドはやはり、ラナは自分に似ていると感じた。
しかし、それ以上のことをシェイドは考えられなかった。
まるで激しい戦闘をした後のように、心臓がドクドクと鼓動し続けていた。
心と体がバラバラに動いているかのようだった。
ダンテはラナの両肩に手を置き、ラナをうながした。
ラナはよろめくように、一歩、また一歩と足を踏み出した。
ラナの目から大粒の涙が次々こぼれ落ちた。
ラナは、歩みを止めた。
ラナは、シェイドにはまだ全然手の届かない距離で、立ち尽くしていた。
ラナは声も上げず、はらはらと涙を流し続けた。
シェイドも動けなかった。
ただ、ラナを見ていた。
ラナの唇が音もなく言葉を刻んだ。
ごめんなさい。
確かに、ラナがそう言ったのをシェイドは見た。
瞬間的にシェイドの中に湧き上がったのは、凄まじい怒りだった。
謝るな!
謝るな!聞きたくない!
謝るくらいなら、なぜ一人にした!
その言葉を口にするな!
俺に許せと言うのか!
謝るな!
そんな言葉は聞きたくない!
かつて、カロナギ国で、ダンテの母でありシェイドの祖母であるソフィアにも、同じように謝罪されたことがあった。
その時には、これほどまでの感覚にはならなかった。
その時とは比較できないほどの怒りが、シェイドの中に生じていた。
先程、ダンテもシェイドに声をかけた。
それもソフィアの時と感触は似ていて、揺さぶられはしたものの、今この瞬間ほどの激しさには至らなかった。
ともに過ごした幼い頃の記憶がわずかにでも残る分、母親に対しての思い入れが強いからなのか。
それとも、母親とは、そうでなくとも限りなく特別な存在であるからなのか。
「シェイド。我慢しなくていい。この塔の中では、感情を制御する必要はない。行き過ぎた魔力は安全に処理される」
ダンテの言葉に、シェイドは叫びたくなった。
何てことを。今、そんなことを言われたら。
堪えきれずに、シェイドの涙腺は崩壊した。
やめてくれ、頼むからもうやめてくれという言葉だけが、シェイドの中を巡っていた。
ラナに対してなのか、ダンテに対してなのか、自分に対してなのか、この状況すべてに対してなのか。
10歳の頃と変わらないような、余計に無様であるような自分に気がつきながら、シェイドは激情を止めることができなかった。
怒りを明確に意識できたのも最初だけで、いまや自分が何を感じているのかも分からなくなった。
シェイドとラナは、ひたすら泣き続けた。
そのうち、ダンテまで泣き始めた。
こうしてシェイドは、ダンテ同様、母親ラナが存在することも信じたのであった。




