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人形劇1

 シェイドは、巨大な門の前に立った。


 黒く硬質な門には精緻な紋様が刻まれていた。

 門は異質で近寄りがたい印象を与えた。


 シェイドが見上げていると、門はブウンとわずかに震え、音もなく開いた。

 人一人が通れる隙間を作ると門は動きを止めた。


 シェイドはためらいなく中に入った。


 シェイドを中に受け入れると、門は静かに閉じた。

 その動きはからくりというよりも、魔術的な気配を漂わせていた。




 とうとうシェイドは、センターエリア0に立った。




 シェイドの足元から、石畳の道がまっすぐに伸びていた。

 アーチをかたどる木々が、その道をトンネルのようにしていた。


 辺りは摩訶不思議な森だった。


 シェイドの背よりも大きなキノコの傘の下に、水晶が大小に顔を出す。

 木なのか蔓なのか、くるくるとねじを巻き、横に伸びる幹がある。

 少し先にはびっしりと地を覆うように群生する巨大なイチゴらしきものが見える。


 奇妙でバラバラなパーツを寄せ集めたような森は、宵闇の青の人形がはじけた時にばらまくガラクタを思わせた。



 森はそういった様子であったが、ここに満ちる空気はシェイドにとって心地よいものであった。



 清浄であり、心身の汚れが洗い流されるような。

 正のベクトルを有し、細胞から活性化されるような。



 身に馴染む空気の中、シェイドは身の内の黒い力がこれまでになく研ぎ澄まされていくのを感じた。



 シェイドは深呼吸した。

 そして、まっすぐ続く一本道を走り出した。






 森の木がアーチを作り視界を遮るものの、それ以外にシェイドを妨げるものは何も現れなかった。

 時々、細い小道が横に伸びていたが、塔につながるものではないので、シェイドはただまっすぐに走り続けた。


 そして、とうとうアーチが途切れた。

 一本道も終わった。

 シェイドは足を止めた。



 たどり着いたその地は、月のクレーターのような地形を成していた。

 シェイドの足元から、深皿のように一段低くなっていた。

 階段はなかった。



 中心に塔がそびえ立っている。

 サイゴの塔だ。

 塔は黒い石のような鋼のような不可思議な建材で造られており、独特の光沢をもっていた。



 クレーター部分は、水晶を砕いたような透明な小石で覆われていた。

 その神秘的な様は、ここから更に特別な場所になるのだと知らしめるようであった。


 シェイドはヒラリとそこに舞い降りた。


 シェイドが透明な小石を踏むと、その地全体がブウンと鳴った。

 シェイドは魔術の気配を感じたが、詳細はつかみ切れなかった。



 


 シェイドは歩き始めたが、すぐにまた足を止めた。

 塔から出てくる人影があったのだ。

 ここに来て、初めて出会う人間だった。





 塔から出てきた男は、数歩進んで足を止めた。





 男とシェイドは、かろうじて顔がはっきりと認識できる距離感でお互いを見た。



 男は若く見えるが、目元にはしわがあり、シェイドよりもずっと年上であると感じさせた。

 長くはない黒髪を一応は整えたという体で、無理のない自然な雰囲気を身にまとっていた。

 白いシャツと黒いズボンを身につけており、シェイドと示し合わせたかのようによく似た格好をしていた。



 シェイドと似ているのは服装だけではなかった。



 男は美しかった。

 目の形も鼻筋も唇もシャープに整っており、その印象はシェイドと重なっていた。



 何よりも、男の瞳は黒く輝く光を宿していた。





 シェイドの心臓が早鐘を打った。

 何かを考える前に、体が反応したのだ。

 シェイドがものを言う前に、男は口を開いた。





「シェイドか」





 静かな声だった。

 シェイドは知らぬ間に拳を握り込んでいた。


 男は続けた。



「大きくなった」



 シェイドは呼吸も忘れそうになった。


 少しの沈黙があった。

 その沈黙の間さえ、シェイドは何も考えることができなかった。



 男が息を吸う音まで聞こえた。

 男が口を開いた。







「シェイド、我が息子よ」







 初めてシェイドの頭が言葉をつむいだ。

 おかしい。

 そんなはずはない。

 そもそもこれは、敵の呼び出しなのだ。



 しかし、シェイドの体は打ち震えていた。

 心臓の鼓動は止まらなかった。

 拳を開くことができず、力んだ体中が汗ばんでいた。



 おかしいと訴えるのは、思考だけなのだ。

 シェイドの心身は、父親ダンテの存在を肯定してしまっている。





 ダンテがいる。

 父親がそこにいる。

 実体としての体、自然な心、シェイドに馴染むその魂。


 あれは自分の父親ダンテ以外にありえない。


 いや、そんなはずはない。

 そうだ、宵闇の青グランドに呼び出された。

 そして、こんなことが起こっている。

 普通ではない。





 シェイドは混乱のあまり何も言えずにいた。

 ダンテが再び口を開いた。




「よくぞ一人でここまで来た。さぞかし険しい道を生きてきたのだろう」




 シェイドの中で、激しい感情が渦を巻いた。

 制御不能だった。

 なけなしの思考も吹き飛んだ。




 シェイドの様子を見て、ダンテが軽く目頭を押さえた。


「失礼」


 ダンテのささやくようなその声もシェイドの耳に届いた。






 シェイドは、ダンテの存在を信じた。






 シェイドの中で、不可思議な確信がグルグルと巡っていた。


 ダンテがいる。

 間違いない。

 ダンテがいる。

 間違いない。

 これは本当のことだ。

 間違いない。

 あれは父親ダンテ。

 間違いない。


 茫然と立ち尽くすシェイドに、ダンテが呼びかけた。



「まずはサイゴの塔へ。俺の他にもシェイドを待っている人がいる」



 ダンテの声に導かれるように、シェイドは足を踏み出していた。





 ダンテが出てきた時に開かれたままになっていた塔の扉は、ダンテとシェイドが中に入ると音もなく閉じたのだった。

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