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イセと薄曇りの暗さ

 フロウを抱く男とミカゲがほぼ中央に立つそこは、ちょっとした広場であった。

 広場には、いくつかの通路がつながっている。

 この広場は、いつもならば目的地に向かう中継地点として多くの学院生が行き交うポイントなのである。


 ミカエルとハシマが現れたのは、アニヤとアネモネがいる場所から見て、対角線上向こう側の通路であった。




 ミカエルとハシマに一歩遅れて、ベロニカ、タタ、ヒルダが広場に走り込んできた。


 ベロニカが驚いて声を上げた。


「イセ!」

「うわっ!イセじゃん!」


 ヒルダはイセを見ると、すばやくタタの後ろに身を隠した。


 タタは、少し前にヒルダを追いかけていた男が、イセという名であることをここで初めて知った。

 と同時に、イセの抱くフロウを見て、またミカゲの姿を認めて、タタは目を丸くした。



 ミカエルがフロウを見て駆け寄ろうとすると、イセは青い電撃を放ち牽制した。


 ハシマは呪文の詠唱を始めた。


 アニヤとアネモネは、事態を見守ることにして、その場で息をひそめた。




 ベロニカが一歩前に出て呼びかけた。


「イセ、心配してたのよ」

「ベロニカ。それにヒルダも。私の女神たちよ」


 イセはフロウを両手で抱き上げたまま、穏やかな笑みを浮かべて話をした。


「あなたたちには感謝してもしきれない。いまや、私は最高の私となり、魂の恋人ミカゲをも手に入れた」


 イセは視線をミカゲに向けた。

 ミカゲは身動きせず、そこにいた。

 イセは顔を上げ、ベロニカに言った。


「かつての無力な私はもういない」

「イセ、危険よ。あなた、薄曇りの暗さに取り込まれてる」

「それは違う。よく見てごらん。私こそが壮大な力そのもの。私が薄曇りの暗さを取り込んだのだ」




 ミカエルは魔法剣をかざして目を凝らした。

 魔法剣は神秘的な力を及ぼし、ミカエルにイセの魔力を見せた。


 ミカエルの中の記憶が応じた。


 メルトが見た四ツ辻の肉屋と目の前のイセは、確かに違っていた。

 四ツ辻の肉屋は、薄曇りの暗さが実体化した生き物であった。

 イセは人であり、青色と黄土色、二つの魔力をきれいに宿しているようであった。



 ベロニカは眉を寄せて繰り返した。


「一人の人間が扱える力じゃない。危険よ」

「今の私には可能だ。かつての私には抱え持てなかったものが、今は、軽くて仕方がない」


 イセは笑った。






「私は宵闇の青、頭主イセ」






 ベロニカは、ゆるゆると手を上げて口元を覆った。

 衝撃を受けていた。

 イセの正体をまったく知らなかった。


 イセとスイレンに引き合わされた際、グランドは確かに言った。

 貴重な跡取り、と。


 ベロニカは、まことの黒の名も、宵闇の青の名もよく知っていた。

 魔術師の世界はシッコク地区とのつながりが深いからだ。




 イセはうれしそうに言った。


「以前の私には、宵闇の青の名が、そして偉大な父リグレンの存在が、とてつもなく重かった。宵闇の青の直系らしい力もなければ、頭首にふさわしい心根もない。絶望しかない、そんな私だった。しかし、今の私にとってはすべてが実に簡単だ」




 ベロニカは今回の異常について、理解し始めていた。


 ヒルダによって増強された薄曇りの暗さを、イセが取り込んだ。

 宵闇の青直系であるイセの器がそれを可能にしたのだろう。


 宵闇の青の神髄は、精巧な人形作製である。

 詳細は明らかにされていないが、人間の精神に干渉する恐るべき魔術を操る。


 薄曇りの暗さは、人の感情を爆発させる影響を確かに及ぼす面がある。

 しかし、今回、それが過剰な上、それだけではなかった。

 より深く人の精神に干渉していた。


 ベロニカは争ってばかりだった周りの人間を、自分の研究棟から追い出した。

 その時、出て行った者たちだけではなく外にいた人間たちまでも、どこか一方向に歩いていく奇妙な様子があった。

 今にして思えば、あれは操られていたのかもしれない。


 決闘中で厳重な結界の中にいたため、魔術が展開していたその時を、ベロニカは免れたのだろう。


 イセの宵闇の青としての魔力は、非常に弱いものであった。

 それが、薄曇りの暗さの魔力を得て、補完された。


 巨大な力を手にしたイセは、正常な精神状態とは言えない。

 ハイになって、奇妙な異常事態を引き起こしているのだ。

 しかも、ヒルダの力が作用し続け、異常は拡大の一途をたどっている。




 ベロニカは尋ねた。


「イセ、あなた、何をする気?」

「さあ、どうしようか。宵闇の青さえ軽すぎてくだらない」

「その子、フロウは返してくれる?」

「ミカゲがフロウを望んでいる。すまないがそれはできない」




 タタは駆け出した。

 タタの背中に隠れていたヒルダの姿が丸見えになった。

 取り残されたヒルダは悪態をついた。



 タタは、ベロニカを越えて前に出て叫んだ。


「ミカゲ! 目を覚ませ!」


 ミカゲは表情を変えなかった。

 タタはもう一度叫んだ。


「起きろ! ミカゲ! 自分を見失うな!」


 ミカゲがわずかに、タタの方を向いた。



 ベロニカは呪文を詠唱した。

 イセがタタに向けて青い稲妻を放った。

 ベロニカの展開した防御壁が、タタを守った。青い稲妻と防御壁はぶつかり合い、激しく火花を散らした。


「さすがはベロニカ」


 イセは余裕の表情だった。





 イセの腕の中で、フロウが苦悶の表情を浮かべて身をよじった。


「フロウに何をした!」


 ミカエルが血相を変えて叫んだ。

 イセは首を振った。


「私がしているわけじゃない。だが、これは宵闇の青の魔術によるものだ」


 イセは荒い呼吸を繰り返すフロウを見て言った。


「こんなに苦しんで。長くは持たないだろう」




 ミカエルは弾かれたように走り出した。

 イセの繰り出す青い電撃をすばやくかわし、ミカエルは短剣を振るった。


 短剣から放たれた緑の衝撃波は、イセの足に届く前に青い電撃に阻まれた。

 尚も近づこうとしたミカエルは、青い電撃の波状攻撃に合い、足止めをされた。




 イセは言った。


「これから何をするかはミカゲと決める。邪魔されると面倒だから、さよならしよう。ああ、ヒルダは一緒に行こう」


 イセがヒルダを見ながら呪文を唱え始めた。

 ヒルダは驚いて、戻ってきたタタの背に隠れた。

 ヒルダは急いでお守り袋を探って、呪符を取り出した。


 小さな竜巻がヒルダに向かってきた。



 同時に、イセとミカゲの横の空間に歪みが生じた。

 ベロニカは呪文を唱え終えると、ハッとして言った。


「転移する!」


 ベロニカの魔術による防御壁が、小さな竜巻を止めた。

 しかし、竜巻はその防御壁を打ち破る勢いで大きくなっていった。


 ヒルダがタタの後ろから呪符を掲げて叫んだ。


「やっちまえ!」


 お札から赤い光が走り、竜巻を直撃した。

 竜巻も防御壁も赤い光も相殺されて消えた。





 イセが初めて笑うのをやめた。

 空間の歪みが消えていた。





 イセとミカゲの足元に、いつの間にか緑色に光る大きな魔法陣が出現していた。





 ハシマがイセをにらんで言った。


「絶対に逃がさない」


 ハシマの魔術はイセの転移を封じた。





 目配せひとつなしに、ミカエルとハシマは連携していた。

 ミカエルの派手な動きの裏で、ハシマが魔術を調える。

 戦いを1つ終える度、ミカエルとハシマの呼吸はあうんのものとなっていった。


 ミカエルはハシマが魔術を展開するタイミングを見計らっていた。

 そして、ミカエルにイセの意識が向いているその時に、ハシマが転移を封じる魔術を仕掛けたのだ。




 ベロニカはヒルダの手を取った。


「行くわよ」

「へ?」


 ベロニカは、ヒルダの手を引いて走り出した。


「ちょっとちょっと!」

「いいから来なさい!」


 ヒルダは引きずられるようにして、ベロニカと走り出した。



 アニヤはアネモネと頷き合った。

 二人はすぐに、ベロニカとヒルダの後を追った。



 タタは迷ったが、その場に残ることにした。

 ミカゲのことが気になったからだ。

 ミカゲはタタの呼び掛けに、さっき、ほんのわずかにだが反応したのだ。



 ミカエルは、魔法剣の力を自分の中に巡らせていた。

 メルトの時の感覚がガイドした。

 今ある力を越えるものを呼び起こそうとしていた。

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