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戦場の古書店

 古書店が決闘の場となり数日が経った。

 ここ数日は、ハシマもベロニカも探り合いの遠隔攻撃という日々だった。


 魔術師の決闘においては、自陣から偵察や遠隔攻撃を最初に行うのが定石である。

 そうしながら、決定打となるような魔術の準備を整えていく。


 魔術師は宿命的にというべきか、感情的に行動する人間が多い。決闘において、事前に強力な攻撃魔術を備えているようなケースは、不思議なくらいに少ないのだ。


 移動をすると持てる補助媒介も限られる。

 どちらかが自陣を離れ直接攻撃に出るような時は、相応の準備ができてのことか、思い余って玉砕覚悟という状況である。

 それは、決戦の時と言える。


 魔術師の決闘において、直接的攻撃を仕掛けるのは夜明けから日暮れまでと時間が決まっている。

 多くの場合、日暮れ後は、休息をとったり魔術を仕込んだりする。

 夜を徹して、呪文詠唱をしても構わない。


 魔術師の決闘においては、相手を殺してはならないという規定もある。

 とはいえ、そのつもりがなくても事故は起きうる。

 事故、ということにしておく風潮もある。

 ニア国における魔術師の決闘は、国際社会からは批判されている。


 しかしながら、この暗黙のうちに命をかけた決闘によって、今もなお、ニア国の魔術は発展し続けている。強力な魔術、新しい魔術が、決闘の中で開発されていくのだ。

 他国と比べてニア国に魔術師が高い確率で生まれ続ける理由は、解明されていない。

 ニア国は、魔術師の歴史と文化を守り抱え、国力の一部としていた。


 魔術師の決闘は、双方の合意に基づいて1対1で行われる。

 お互いに陣地を宣言し、署名をする。

 今回ベロニカは、合意をすっ飛ばし、書類偽造で押し切っている。

 ハシマは抗議しなかった。

 一応、ハシマの陣地は古書店としてあったし、決闘に異存もなかったからだ。


 





 ところで、ベロニカは王立魔術学院大学院の自分の研究棟を陣地としていた。

 ハシマは、決闘証明書でそれを確認した時、すぐさま思った。


 ずるい。


 それを許可させる力がベロニカにはあったわけなので、それも実力のうちといえば、そうかもしれない。


 しかし、ずるい。


 ベロニカは、豊富な補助媒介を元に、早い段階からハシマがのけぞるような攻撃を仕掛けてきた。








 ハシマもやられっぱなしで黙っているようなお人よしではない。


 ベロニカの陣地は、研究棟という性質上、古書店のように完全にキープアウトできない。

 人の出入りの際に生じる隙をついて、できるだけベロニカの神経を逆なでする攻撃をハシマは仕掛け続けていた。


 それは、くだらないほうがいい。


 ある意味、ひどく真面目なベロニカが、生理的に受け付けないようなものをハシマは選んだ。




 研究書を取りに来た助手の白衣のポケットから、大量のカエルが飛び出す。

 研究生が、研究棟に保管された植物を取りに来た時には、触れた植物がはじけ飛ぶ。バラバラになった植物は、壁に張り付いてお化けの形を描き、勿論簡単には剥がれない。

 差し入れ持参の野次馬の助教授が手を洗おうとすると、水栓が折れて水が噴出、どこもかしこも水浸しにする。




 ちなみに、ハシマが攻撃という名の嫌がらせをした直後には、猛烈な魔術攻撃が飛んで返ってくる。

 備えていても防ぎきれず家屋が破損し、ハシマはベロニカの本気を思い知った。

 しかし、反撃の苛烈さは、嫌がらせが功を奏している証拠でもある。


 さて、次はどんな嫌がらせをしてやろうかと、ハシマは人差し指を折り曲げて顎に当てた。


 決戦までは、普通の攻撃などしてやるものか。

 喜ばせるだけだ。











 そんな古書店を訪ねてくる男がいた。

 立ち入り禁止の張り紙も、決闘証明書も古書店入り口に掲げられているのだが、男は気にも留めずに引き戸を開けた。


 ハシマは男をすぐに認識し、締め出さずに鍵を開け、結界をほどいた。

 ハシマがいるリビングに、男はまっすぐ入ってきた。


 ハシマはリビングのソファに腰掛けていた。

 男はリビングの入り口で足を止めた。



「貴様を殺しに来た」



 男は、整った顔をハシマに向けて、唐突に言った。

 その顔は無表情だった。

 ハシマはため息をついた。


「確か、ベロニカの傀儡。向かって右側にいましたね」


 学院祭でベロニカが引き連れていた二人の若い男のうちの一人だった。


 男は、ストライプのシャツにジーンズという、ごく普通の服装をしていた。こげ茶色の短髪も整っており、清潔感があった。

 一見、おかしなところはないのだが、彫像のような無表情が男を現実から浮き上がらせ、近寄りがたい印象を与えていた。


 男は言った。


「これは、ベロニカの意思ではない。ベロニカの支配は、ベロニカの思うようなものではない。私は好んでベロニカの側に、はべっているだけ。私には自由意思がある」


 ハシマの片方の眉が上がった。

 男は続けた。


「ベロニカの心を乱す貴様が気に入らない。私がお前を殺す」






 男はどこにでもあるような帆布の鞄から、日常では目にしないような短剣を取り出した。

 鞘を払い、男は短剣をハシマに向けた。


 短剣は、柄に細かな装飾が施され、美術品のようであった。

 しかし、むき出しになった刃は青みを帯びて鋭く、実用性を備えていることが見てとれた。


 ハシマはソファから立ち上がり、呆れた声で言った。


「魔法剣。そんな貴重な物を持ち出すなんて」

「貴様はベロニカが認めた男。確実に仕留めるためには何でもする」


 魔法剣は、魔術をその身に宿して効果を発揮する特別な剣である。

 殺傷力が飛躍的に高くなるため、おいそれと誰もが手にできる訳ではない。

 魔法剣を鍛え上げることができる血筋を受け継ぐ家もあるが、魔法剣は希少な物であった。








 男は唐突に駆け出し、短剣を振りかぶった。

 ハシマは短く呪文を唱え、左手を軽く横に払った。


 男は駆け寄った以上のスピードで吹き飛ばされ、リビング入口横の壁に打ち付けられた。

 しかし、男は動じた様子1つ見せなかった。片膝をついた体勢からハシマに向けて、短剣を横なぎにした。


 短剣から生じた青い波動が、刃となってハシマへ向かった。

 波動はハシマの前で、水面に吸い込まれるように波紋を残して消えた。




 男は再び走り出しハシマに斬りかかった。

 ハシマは短く呪文を唱えながら、今度は左の手のひらを上に向け、猫を招くように指先を動かした。


 男の足元から、魔術の文言を連ねた縄が螺旋を描いて立ち上った。

 縄は目にも止まらぬ速さで男の足を這い上り、体を拘束し、そのまま短剣を持つ手まで伸びた。


 男はハシマに手を触れることもできず、あと数歩というところで床に縫いとめられた。


 ハシマは左の手のひらを下に向け、ゆっくりと下ろした。

 男はなすすべもなく床に沈んだ。




 男の手から離れて床に転がる短剣を、ハシマは手に取った。


「これは手間賃にいただきます」


 ハシマはリビングのローテーブルに短剣を置いた。





 ハシマの力は圧倒的だった。

 魔術の縄は、立ち上がる力まで男から奪い取ってしまった。




「決闘中の魔術師の懐に、その程度の備えで飛びこむなど自殺行為」


 ハシマは片方の口角に笑みを乗せ、倒れた男の胸に乗り上げた。

 男の襟首をつかむと、ハシマの薄緑がにじむ薄茶色の瞳が妖しく光った。


「かわいそうに。ベロニカに支配されていることに気づいていないんですね」


 男の目元がピクリと動いた。

 ハシマは続けた。


「お前がここに来たのは、ベロニカの意思です。お前はただの傀儡」


 無表情だった男の頬がピクピクと動き出した。

 ハシマは柔らかな声で言った。


「気がついていないんでしょう。お前の目は、スパイアイになっています。ベロニカが見ています。ね。僕を見て胸が騒ぐでしょう?それはお前の感情ではない」


 男はハシマの妖しい瞳にとらわれた。

 男の胸は高鳴った。

 気に入らないはずなのに、ハシマと見つめあうと羞恥と歓喜が湧いてきて、男はたまらない気持ちになった。


 ハシマは顔を近付けて言った。


「お前は僕のことが好きではない。それなのに、胸が苦しいのでしょう?それこそ、ベロニカに支配されている証拠です。ベロニカは天才だ。お前などに気づかせることなく、巧妙に支配しているのです。そこに意思があると思っていたのですか」


 男の中で何かがひび割れた。

 ハシマは男の目を真上から覗きこみ名を問うた。



「スイレン」



 男は熱に浮かされるように答えた。

 ハシマは左手で男の襟首をつかんだまま、右手でスイレンの髪をなでた。



「ベロニカから解放してやろう」



 ハシマの甘いささやきに、スイレンは怯えた。

 スイレンは早口で言った。


「ベロニカは私の恐怖も痛みも消してくれた。再びその感情を手にするのはイヤだ」


 ハシマはスイレンから手を離し、その胸に乗ったままクツクツと笑った。

 そして、ハシマは人差し指でスイレンの胸をツンとつついて言った。





「もう遅い」





 スイレンの眉間にしわが寄った。

 ハシマは人差し指でスイレンの頬をなぞった。






「怖いだろう。不安なのだろう。すでに戻ってきている。それはスイレンの持ち物だ」






 スイレンは明確に震えた。


「助けて」


 ハシマは言った。


「やだ」


 邪悪な顔で、実にうれしそうにハシマは笑ったのだった。











「お取り込み中、失礼する」


 突然、リビングの入り口から別の男の声がした。

 むろん、ハシマは分かっていて招き入れた。


「今日はお客様の多い日ですね」


 ハシマはため息をついてスイレンから離れ、立ち上がった。


「関係者以外立ち入り禁止なのですが」


 皮肉な口調でハシマが言うと、男は真剣に返した。








「急ぎの用だ。あなたと話したい。僕の名は」

「知っている。ミカエル」







 ハシマはけだるい表情でミカエルを見た。

 ミカエルはまっすぐにハシマを見返した。


 スイレンは立ち上がれずにその場にいた。

 戻ってきた感情に翻弄され、恐ろしくて不安でどうしていいか分からなかった。

 すがるようにハシマを見ていた。





 ハシマとミカエルは、お互いその場から動かずに、しばらく目と目を見合わせ続けたのだった。

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