からみあう物語
ある日の深夜、便利屋“猫の手”にある奥の個室で、アニヤとキングは向かい合って座っていた。
テーブルには、封筒が置いてあった。
「調査結果だ」
アニヤの促しで、キングは封筒を手に取った。
中の書類を見て、キングは眉を跳ね上げた。
「マジか」
「ああ」
「フロウって」
「ああ」
あのフロウ。
あれだ。
シェイドの友達の。
シェイドの女の。
キングとアニヤは目配せを交わしあった。
ミカゲの行方に関する調査の結果は、『ミカゲは、フロウの母親マルタの家にいる』というものだった。
キングは渋い顔で、顔をひと撫でした。
「ミカゲの奴、フロウを見つけ出すとは、なかなかの嗅覚だ。その上、どうやって母親の懐に入り込んだんだ?思ったよりやるじゃないか」
「どういうことだ」
「言ってなかったな。ミカゲはシェイドに惚れてる。シェイドの女を殺してやると言って、家出したんだ」
「シェイド、知らぬ間にそういう方向へ」
「行ってねえよ。変な勘違いすんな。ミカゲの片思い。ちなみにミカゲは、ガキだが女だ」
アニヤはなるほどと頷いた後、調査結果の先を読むよう促した。
キングは書類の先を読み、余計に渋い顔になった。
「どういうことだ」
「書いてある通り。フロウが住み込みで働く古書店には、他にも調査員が張り付いている。しかも、複数」
「店主とフロウの二人暮らしだったな」
「ああ。一体、何があるんだか」
アニヤは長い足を組み直し、ソファの背もたれに身を預けて天井を見た。
守秘のためキングには言えないが、実は昨夜、新たな依頼を受けてもいた。
『裏通りの古書店のフロウ』をターゲットとした調査依頼だった。
特に、フロウの兄に対する気持ちを調べてほしい、という不可思議な依頼内容だった。
アニヤは、キングに視線を戻した。
「どう思う」
「汚ねえ報告書だ」
「そっちか。急ぎだし、キングだから、あえて打ち直しも清書もしなかった」
「私情を書き過ぎだ。『フロウ、かわいいな。デートに誘ったら、今でもシェイドに怒られるのか?』とか、いらねえよ」
「タタだ。ミドリ地区の細部にまで詳しいタタに、今回の調査は仕切らせた」
「シェイドの前に、あの女の子に叱られるだろ」
「カラカラか?そうだな」
キングとアニヤは笑った。
二人とも、軽口を交わしながら、今後について思いを巡らせていた。
キングは封筒に書類を戻した。
「何かしでかす前に、ミカゲを迎えに行かないとな」
「ああ」
「これは約束の報酬だ」
キングは、テーブルから書類の封筒を取り、代わりに懐から札束の入った封筒を置いた。
アニヤは受け取り、封筒の中を確かめた。
「行くのか」
アニヤが声をかけた。
今回、キングとは仕事の依頼でつながった。
立場が違うため、ざっくばらんに話せないこともある。
キングにもアニヤにも、やるべきことはたくさんあり、時間に追われている。
アニヤは少し寂しかった。
フロウの周辺がきな臭くなっている。
まことの黒にまつわることなのか。
まったくの別口なのか。
気になる出来事が起こっていて、キングもいる。
舞台は整っていて、役者もそろっている。
しかし、キングとアニヤは違うシナリオの中にいて、共に同じ舞台に乗ることができない。
アニヤは、薄曇りの暗さが支配する森と肉屋を懐かしく思い返していた。
あの時は、キングとアネモネと一緒に走ることができた。
キングは封筒を片手にアニヤの表情を見ていた。
何気ない顔をして、キングは立ち上がった。
「行くかな」
そうして、ドアまで行ったキングに、アニヤはそれ以上、声をかけられなかった。
ドアノブに手をかけて、キングは言った。
「終わらねえよ。嵐はこれからだ」
アニヤはハッとした。
キングはアニヤの寂しさを読み取っていた。
その上で言っている。
アニヤに震えが走った。
怯えではない。
武者震いだ。
キングは背中を見せたまま、挨拶代りに義手を振ると、ドアをするりと抜け出て行った。
ドアが閉まると、夜の静けさが部屋に満ちた。
個室に残されたアニヤは、ソファに深く座り込んだ。
あれは、キングのメッセージだ。
近いうち、何かが起こる。
そして、その時には、キングもアニヤもきっと同じ舞台に上るのだ。
アニヤの顔は知らぬ間に笑っていた。
沸々と血がたぎった。
一度にいろいろなことが方向性を持って動き始めたようだ。
どこに向かっているのか。
どうせ、アニヤに分かりはしない。
それぞれの思惑が、重なり合って生みだす物語に翻弄されるしかない。
久しぶりの感覚だった。
決して、トラブルを求めているわけではないのだが。
正しい生活を大切にしていると、時々、無性に暴れたくなる。
そんな時、隣にキングがいたら、最高じゃないか。
今回の嵐の鍵は、おそらくフロウ。
アニヤは、常春の華のユウカリからの依頼について考え始めた。
アニヤは、アニヤのやるべきことをやって、嵐を待つことにしたのだった。
キングは、ミカゲを迎えに行く前に、シェイドにいくつかの報告を飛ばした。
フロウもミカゲも、シェイドにとって大事な人間であることを、キングは理解していた。
今回の知らせが届いたら、シェイドは動かずにはいられないだろう。
一体何が起こっているのか、全体像はよく分からなかった。
ここで、大きな力が動けば、更に、事態はややこしくなることだろう。
キングは先ほどのアニヤの顔を思い出していた。
きっと、アニヤの期待に沿うことになる。
キングは、夜の闇の中で小さく笑ったのだった。




