表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/124

フライング

「それはない」

「うん。ないだろ」


 ユウカリとノーマは口をそろえてミカエルに言った。

 子どもの頃、ミカエルと何度も遊んだ女の子が、今のミカエルと目が合って、ミカエルと判別できない訳がない、と。

 それは、今までのミカエルの自己認識と合致していた。

 ミカエルは途方に暮れた顔で言った。


「僕も今までそう思っていたんだけど」

「いや、絶対分かる。無駄に印象が強すぎる」

「そうそう。俺も久しぶりに会った時だって、一瞬で分かったよ。ミカエルはミカエル以外、ありえない」


 ミカエルは、二人の友人に太鼓判を押され、ううむと悩み始めた。






 ミカエルとユウカリとノーマは、居酒屋の個室で酒を飲んでいた。

 ミカエルは結局、小学校時代からの友人ノーマを誘い、ユウカリの公演を観に行った。

 終劇後、ユウカリに会いに行くと、ユウカリから飲みに行こうと声がかかった。

 ミカエルの仲立ちで、ユウカリとノーマもすでに飲み仲間になっていた。


 3人で飲み始めると、ノーマは、誘われてうれしいけど、ミカエルもそろそろ誘いたい女はいないのか、という話を切り出してきた。

 そこで、ミカエルは、自分の混乱について、二人の友人に話をすることになった。



 実は、誘いたい子がいた。でも、久しぶりに会って目が合ったんだけれど、僕だと気づいてもらえなかった。



 ユウカリとノーマは目を丸くした。

 そして、それはありえない、という合唱になったのである。


「ミカエルは勘がいい。だから、ミカエルの勘違いではないな」

「だけど、ミカエルに気づかないなんて、あるわけがない」

「何かあるな」

「そうだ。裏がある」



 酒が入っているせいもあるだろうが、ユウカリとノーマは妙に盛り上がり始めた。

 二人は身を乗り出して聞いてきた。


「ところで、どんな女なんだ」

「そうだそうだ!今まで、まったく浮いた話のなかったミカエルを悩ませる美女は何者だ?」


 ユウカリとノーマは、期待を込めた目を輝かせ、興味津々で尋ねた。

 ミカエルは、火照る顔を少し伏せながら、小さな声で言った。


「妹」

「ん?聞こえないぞ?」

「俺たち、言いふらしたりしないから!」




「だから、あの、妹。腹違いの」






 シーンとした。






 ユウカリが、沈黙を破って呟いた。


「なんか、ごめん」


 ノーマも言った。


「悪い。茶化すつもりじゃなかった」


 表情を暗くし、すっかり気まずい様子になった二人を見て、ミカエルは慌てて手を振った。


「いやいや、そんな深刻な話じゃないって!」

「本当、ごめん」

「いやいや」

「まさか、そんな事情があるとは」

「いやいやいや」


 落ち込む二人をなだめ、ミカエルは、フロウの話をシンプルに打ち明けた。




 父親が浮気して外に生まれた妹である。

 子どもの頃に、たまたま出会って、親には内緒で何度か遊んだ。

 母親が調査し、事実が明るみに出たことで、会えなくなった。

 最近、ミカエルはこっそり妹に会いに行った。

 遠くから見るだけのつもりだったが、うっかり姿をさらしてしまった。

 そこで、妹と目が合ったのに、ミカエルだと気づいてもらえなかった。




「後になって、もしかして、と思ってくれてたらいいんだけど。でも、そういうレベルじゃない、本気で初対面っていう感じだったんだよね」


 ミカエルは頬杖をついて、ほうっと息を吐いた。

 ユウカリは、真面目な顔で言った。


「今の話の中身でミカエルと気づかないなんて、尚更、ありえん」


 ノーマも頷いた。


「ミカエル、それやっぱり、何かあるぞ」


 ミカエルはテーブルに顔を伏せた。


「分からない。自信がない。正直、妹の気持ちを知るのが怖い」


 ユウカリとノーマは、思わず顔を見合わせた。

 人の気持ちを恐れるミカエルなど、二人とも見たことがなかった。


「飲めよ、ミカエル」

「そうだ。まずは、飲んどけ」


 ユウカリは、度の強い酒を注文した。

 ミカエルは勧められるままに飲んだ。

 したたかに酔うミカエルの様子に、ノーマは驚いた。

 ミカエルは酒に強く、ここまで乱れたことはなかった。


 ミカエルは、ユウカリに問われるままに、妹の話をした。

 可愛らしくて、働き者で、しっかりしているんだ、と、まるで惚気のような話しぶりもあった。




 ずっと会いたかった。

 フロウは、ただ一人、かけがえのない絆で結ばれた妹。

 今も会いたい。

 でも、怖い。

 会いたい。

 会いたい。




 話の後半は、まるでリフレインのようだった。

 ミカエルは、憂いを含んだ瞳を潤ませていた。

 見慣れているノーマでさえ、そんなミカエルはドキッとするほど美しく見えた。









 酔いつぶれたミカエルを、家の方向が同じノーマが送って帰った。

 ユウカリは、そんな二人を見送った。


 ユウカリ自身は、あまり酒を飲まなかった。

 しかし、頭の中は、妙な高揚感でいっぱいだった。





 とうとう、ミカエルに恩返しができるかもしれない。




  

 ユウカリは、イデアメル国で手を差し伸べてくれたミカエルに、恩義を感じていた。

 自分の持つ最大の価値である常春の華という家名にさえ、ミカエルはあまり食いついてはくれなかった。ミカエルの父親が大変喜んでくれたので、ユウカリも少しホッとしたのだが、気持ちの上では、まだ借金が返し終わらないような不全感を抱いていた。



 ユウカリは、ミカエルの助けになりたいと思ってきたのだ。



 酔ったミカエルに、ユウカリは何度も言った。


「俺に任せてくれ。俺が妹の事情を調べてやる」


 ミカエルは動揺しながら、首を横に振った。


「もし、そうしない訳にいかなくなったらお願いするかもしれない。でも、まだ」





 ユウカリの心は決まっていた。

 ミカエルのGOサインは待たない。

 余計なおせっかいと思われても構わない。

 あんな悲しい顔のミカエルは、もう見たくない。






 ユウカリは、タクシーを拾った。

 そして、劇団の先輩から聞いた、評判のいい調査機関の名前を運転士に伝えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ