ただいま
シッコク地区キングの屋敷では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
鋭い鎌を振るう死神人形と、キングの屋敷の猛者たちとの攻防戦であった。
屋敷の堅固な魔法防御壁は、宵闇の青の遠距離攻撃を防ぎ続けた。
「やれやれ。宵闇の青の人形どもめ、無駄に数が多い。お前たち、ひるむんじゃないよ! 守り切れ!」
金庫バアが屋敷3階の窓から発破をかけると、敷地の方々から威勢よく応じる声が上がった。
戦闘開始から時が経ち、断続的に束になって訪れる死神人形の群れをさばくことに、誰もが疲れ始めていた。負傷者も経過とともに増えていく。死者が出ていないのは幸いだった。
金庫バアの存在は、そんなキング陣営の士気を高め、維持することに一役買っていた。
金庫バアは、主人キングの養い親である。それどころか、一部の者たちにとっては、かつての主人ギルの唯一の伴侶たる存在でもあるのだ。
屋敷の猛者たちにとって、金庫バアそのものが、命を懸けて守るべき人なのであった。
そういった守られるべき存在でありながら、金庫バアは敵の襲来をいち早く見抜き、先頭に立って敵を迎え撃ちもした。
金庫バアのその揺るがない強靭な有様もまた、屋敷の猛者たちを鼓舞した。
戦闘開始からしばらくして、第一陣の死神人形を撃退した時、屋敷の料理人マッドは金庫バアに頭を下げて、どうか屋敷の中にいてくれるようにと懇願した。
戦闘のせいでカッカときている金庫バアは、何を言うかとばかりに眉を跳ね上げた。
しかし、金庫バアに何かあったらキングさんに俺たちが八つ裂きにされるのだと、マッド以外の使用人たちも泣きついた。
金庫バアは、屋敷の3階にある頑健な部屋に押し込まれた。
第二陣、第三陣と、死神人形の波状攻撃があった。
金庫バアは3階の窓から折々、指示を飛ばし、味方を激励した。
そのくらいでいてくれるのならよかったのだが。
時には窓から身を乗り出し過ぎた金庫バアを、付き添うエリザベスが羽交い絞めにして止める場面もあった。
そんな時には、庭師兼警護担当ペドロとドーブもさすがにいら立って、昔から血の気の多いばあさんだったが、そろそろ落ち着いてほしいもんだ、などと、身内ならではといった口調でぼやきあう場面も何度かあったのである。
あれやこれやとありながら、キングの屋敷の者たちは、敵の襲撃に対し屋敷を明け渡すことなく守り抜いていた。
しかし、疲労や負傷の蓄積も膨らみ始めていた。
「ただいま」
それは、数回目の死神人形の襲来の最中であった。
黒き光がその一言とともに舞い降り、目にも止まらぬ早業でいくつもの魔術を展開した。
傷だらけのキングの屋敷の者たちは呆気にとられた。あれほど手こずらされた死神人形が、目の前でバタバタと沈んでいった。
ものの数分。
折り重なって倒れる死神人形の中に、美しい男が美しい女を抱きかかえて立っていた。
誰もがポカンとする以外になかった。
「ボケっとするんじゃない! 怪我人を屋敷に運びな! 監視だけ交代で残して、後は下がってよし!」
茫然としていた屋敷の猛者たる使用人たちは、3階から飛んできた金庫バアの声を受けて我に返った。
怪我の重い仲間に肩を貸し、あるいは抱き上げ、各々屋敷に戻り始めた。
死神人形の撃破と同時に、敵からの遠隔攻撃も止んだ。
金庫バアが再び声を上げた。
「シェイド! こっちへ来て報告!」
シェイドは、屋敷の3階の窓から顔を出す金庫バアを見上げ、小さく微笑んだ。
金庫バアは窓枠に片ひじを置き、頬杖をついた。
「ふん。何だあの締りのない顔は」
文句のようにつぶやきながら、金庫バアは首から下がる指輪を握りしめていた。
ギルから手渡された指輪である。
黒曜石の指輪は、金庫バアの手の中でほんのりと温かく感じられた。
傍らに控えるエリザベスが、そっと息を吐いて肩の力を抜いた。
シェイドはフロウを抱いたまま、屋敷のドアに向かって歩き始めた。