プロローグ 夕暮れの小さな社
流行の色彩と、絶え間ない人の波。
原宿の街は、いつだって明日を急かすような熱を帯びている。
けれど、竹下通りの喧騒からほんの少し外れた路地には、別の時間が流れていた。
地図にも載らず、誰かの記憶に残ることもない、小さな社。
夕暮れの境内には、街のざわめきも遠い。木々の葉が風に触れ合う音と、時折、通りの向こうから届く人々の笑い声が聞こえていた。
「……今日も、日が暮れるね」
縁側に腰を下ろした少女が、空を見上げて呟いた。
茜色に染まった雲が、ゆっくりと淡い菫色へ溶けていく。
少女は膝に手を置き、その移ろいを眺めていた。急いで何かをするでもなく、誰かを待ちわびている様子もない。ただ、暮れていく空を見つめている。
社殿の裏では、銀色の瞳をした少年が箒を動かしていた。
淡い水色の袴の裾が、掃くたびに足元でかすかに揺れる。
掃き集めた落ち葉が、乾いた音を立てて木の根元に寄せられた。風が吹けば、また一枚、二枚と葉が舞い落ちる。それでも少年は急ぐことなく、足元を確かめながら箒を動かし続けた。
やがて、風がひと筋、境内を通り抜けた。
少女の髪が頬をかすめ、縁側の隅に落ちていた小さな葉が、ころりと転がる。
少年は箒を止め、その葉が石畳の端に落ち着くのを見届けてから、再び手を動かした。
カラン、と。
錆びついた鈴が、夕暮れの風に揺れて鳴った。
かすれた音は境内を渡り、古い社殿の軒先をくぐり抜けて、静けさの中へ消えていく。
少女が顔を上げた。
少年もまた、箒を手にしたまま、境内の入り口へ目を向ける。
そこには、まだ誰の姿もない。
風が、もう一度、木々の枝を揺らした。
この社には、ときおり人が訪れる。
胸の奥にしまい込んだ言葉を、誰にも言えない願いを、あるいは、自分でも気づいていない悲しみを抱えて。
彼らが求めているのは、必ずしも奇跡ではない。
ただ、明日へ進むための、小さな灯火なのかもしれなかった。
少年はしばらく入り口を見つめていたが、やがて視線を戻し、箒を動かし始めた。
夕暮れは、ゆっくりと夜へ向かっていた。




