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ハズレスキルと笑われた俺は、辺境でのんびり最強でした 〜「万物の声」持ちの追放者、精霊王の娘に懐かれながら無自覚無双中〜  作者: 杠(ゆずりは)


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8/13

エルデ村が変わっていた。なぜか俺の小屋の前に行列ができている

 気づいたら、村が賑やかになっていた。


 俺が精霊界から戻って三週間。

 エリクたちの呪いを四日かけて解いて、四人を王都に送り出して、また畑仕事に戻った——はずだった。


 なのに、ある朝起きたら、小屋の前に人が並んでいた。


 七人だった。

 老若男女、みんな荷物を背負って、神妙な顔で順番待ちをしている。


 俺は扉を開けたまま固まった。


「……おはようございます」


「おはようございます!」


 七人が声をそろえた。

 なんだこれは。


 一番前に立っていた初老の男が、丁寧に頭を下げた。


「グリフィンの一件を聞きました。アルトさんとおっしゃる方が、この森で農業をしていると。私、もともと王都で薬草師をしておりまして、歳を取って田舎に移りたいと思っておりまして……」


「あー」


「少し、いろいろと教えていただけないでしょうか」


 俺はもう一度、列の七人を眺めた。


(誰が広めたんだ、これ)


 後で聞いたら村のギルド職員、ヨシュだった。

 ヨシュが「辺境の森にすごい農家がいる」という報告書を本部に提出したらしく、それがなぜか冒険者の間で面白おかしく広まって、さらになぜか王都の新聞の端っこに載ったらしい。


「……ヨシュさん、余計なことを」


「いいじゃない」とシルフィアが後ろから言った。「賑やかな方が楽しいわよ」


「シルフィアは賑やかなのが好きなんですか」


「……嫌いではない、という程度よ」


 耳の先が少し赤かったが、深く追及しなかった。



   *



 一週間後、小屋の前の行列は十四人になった。


 元Aランク冒険者の壮年男性・ガデル。

 指を怪我して引退した腕利きの鍛冶師・ドーフ。

 王都の貴族社会に疲れて逃げ出してきた元書記官・リリア。

 親を亡くして行き場をなくした十代の兄妹・ノアとメレ。


 みんな、それぞれの事情を持って、ここへたどり着いた。


 俺にできることは限られている。

 土に聞いてどこに住めるか教える。木に頼んで小屋を建てる手伝いをする。畑の始め方を教える。それだけだ。


 でも、それだけで——みんなが根を張り始めた。


 ガデルは村の外れに小屋を建てて、畑を始めた。

 ドーフは鍛冶の腕が一本でも衰えていないと気づき、炉を作り始めた。土が「ここに石英が埋まってる」と教えてくれたおかげで、質のいい砂が手に入った。

 リリアは村長に頼まれて帳簿の整理を始め、いつの間にか村の事務仕事を一手に引き受けていた。

 ノアとメレはルナたちと仲よくなって、子どもの群れに溶け込んだ。


 エルデ村は、静かに、でも確実に大きくなっていた。



   *



 変化は村の中だけじゃなかった。


 ある夕方、シルフィアが畑の畝の端に腰を下ろして、沈んでいく夕日を眺めていた。

 俺が隣に座ると、シルフィアがぽつりと言った。


「精霊たちが、最近よく来るの」


「そうですか」


「人間界の精霊たちよ。風の精霊とか、水の精霊とか。この村の周りに集まってきてる」


「居心地がいいんでしょうね」


「あなたがいるから、かしら」とシルフィアが言った。それから少し間を置いて、「……それとも、私がいるから、かな」と続けた。声が、少し小さかった。


「どっちもじゃないですか」


 シルフィアが横目でこちらを見た。


「どっちも、ね」


「精霊王の娘が人間界で暮らしてたら、精霊たちも近くに来たくなるんじゃないですかね」


「……あなたは」


「俺は?」


「あなたは——私がいて、邪魔じゃない?」


 俺は少し驚いた。

 珍しく、真っ直ぐ聞いてくるな、と思った。


「邪魔なわけがないです。薬湯は効くし、子どもたちは喜ぶし、精霊たちも来てくれるし。俺には見えない部分でも、きっといろいろ助かってます」


 シルフィアがしばらく黙った。

 夕日が、地平に近づいていく。


「……私ね」とシルフィアが言った。「精霊界では、ずっと王女だった。王女らしくあれって言われて、王女らしく振る舞って、でも何かが……窮屈だった」


「そうですか」


「ここでは、誰も私を王女として見ない。ルナは『シルフィアおねえさん』で、ドーフさんは『銀髪のねえちゃん』で、あなたはずっと名前で呼ぶ」


「それが嫌でしたか」


「……嫌じゃない」


 シルフィアが膝を抱えた。


「嫌じゃないのよ。むしろ——」


 言いかけて、やめた。


「むしろ?」


「……なんでもない」


 夕日が、完全に沈んだ。

 空が深い藍色に変わっていく。

 最初の星が、東の空に瞬いた。


 シルフィアが小さく息を吐いて、立ち上がった。


「夕飯、私が作る。今日はあなたが動き回ってたから」


「ありがとうございます」


「感謝はあとでいい。席について待ってなさい」


 そう言って小屋に向かいながら、シルフィアがぽつりと付け足した。


「……ここが、好きかもしれない」


 聞こえているかどうかを確かめるような、小さな声だった。


 俺は「俺もです」と返した。


 シルフィアが一瞬、足を止めた。

 それから何も言わずに小屋に入った。


 扉が閉まる直前、耳の先が赤くなっているのが見えた。



   *



 その夜、エリクから手紙が届いた。


 呪いが解けてから王都に戻った四人は、新しいパーティーを組み直して冒険を再開していた。エリクの文字は以前より丁寧になっていた。


 手紙にはこう書いてあった。


『アルト。王都で妙な噂を聞いた。辺境に謎の人物がいる、という話が貴族の間で広まっている。Aランクのグリフィンを言葉で従え、精霊界の事件に関わり、追放者を癒した農家——そういう話だ。俺は内容を否定しておいたが、どうも出所が一箇所のようで、止められなかった。気をつけてくれ。P.S. シーナが「シルフィアさんによろしく」と言っている。バルドは「あの銀髪の人はアルトの何なんだ」と気にしていた』


 俺は手紙を読んで、少し眉を寄せた。


(貴族の間で、か)


 嫌な予感がした。

 根源樹に毒を流した人間の魔力のこと。東の地脈から来ていたこと。


 まだ、源を断てていない。


 夜風が、冷たくなっていた。


『アルト』と、木が声をかけてきた。『村長が「王国から使者が来るそうですよ」と慌てておったぞ』


 俺はもう一度、手紙に目を落とした。


 賑やかになってきたエルデ村の夜に、遠くで狼の遠吠えが一声、響いた。

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