第三部 第88話 崩壊する秩序 前編
テンレア同盟に属する国、ヴァスティラ。
その首都――テスラ城塞都市。
城塞都市の中心に建つ冒険者ギルドは、朝から騒然としていた。
普段なら依頼掲示板の前で笑い声が飛び交い、酒の匂いが漂う場所だ。
だが今日は違う。
血の匂いがした。
担架が運び込まれる。
「どけ! 治療班!」
血まみれの冒険者が二人がかりで運び込まれた。
鎧は裂け、腕は不自然な方向に曲がっている。
治療所の魔導師が急いで回復魔法を展開した。
淡い光が傷を包み込む。
だが、周囲の空気は重かった。
受付嬢が青い顔で呟く。
「またですか……」
ギルド職員が低く答える。
「今朝だけで三件目だ」
◆
奥のテーブルでは冒険者たちが声を潜めていた。
「……おかしい」
「どう考えても数が多すぎる」
「昨日、三層でゴブリンが群れてやがった」
別の男が吐き捨てる。
「五層なんて行けたもんじゃねぇ」
「オークの群れだ」
「完全に増えてる」
その会話を聞いていた男が、ゆっくり立ち上がった。
ギルドマスターだ。
年配の男で、顔には古い傷がいくつも刻まれている。
かつて一流の冒険者だった証だ。
「静かにしろ」
その一言で、ギルドの喧騒が止まった。
◆
ギルドマスターは机の上に報告書を並べる。
そこに書かれている内容は、すべて同じだった。
ダンジョン異常
魔物増加
負傷者多数
「昨日からの報告をまとめた」
「テスラダンジョンの魔物出現数が急増している」
ざわめきが起きる。
「二層から四層まで、すべてだ」
「数が異常だ」
一人の冒険者が叫んだ。
「スタンピードか!?」
ギルドマスターは首を振る。
「まだそこまでは確認されていない」
「だが――」
少し間を置いた。
「放置すれば、そうなる可能性はある」
空気が重く沈む。
スタンピード。
それは都市を滅ぼす災害だ。
ギルドマスターは続けた。
「すでに怪我人が増えている」
「調査が必要だ」
そして低く言った。
「最高戦力を呼んだ」
◆
扉が開く。
重い音を立てて。
ギルドの視線が一斉に向く。
そこに立っていたのは――
五人の冒険者だった。
銀の鎧の剣士。
巨大な槍を背負った女戦士。
黒い外套の魔導士。
弓を持つ斥候。
そして白いローブを纏った回復術師。
ギルド内のざわめきが止まる。
誰かが呟いた。
「Sランク……」
ギルドマスターが言う。
「来てくれたか」
先頭の剣士が肩をすくめる。
「呼び出されたからな」
その男の目は鋭い。
幾度も修羅場を潜り抜けてきた者の目だった。
ギルドマスターは言う。
「テスラダンジョンで異変が起きている」
「調査を頼みたい」
剣士はわずかに笑った。
「調査、か」
「ダンジョンの管理魔導具は?」
「まだ機能している」
ギルドマスターが答える。
剣士は仲間を振り返った。
「聞いたか?」
槍の女戦士が肩を鳴らす。
「久しぶりの仕事だ」
魔導士が静かに言う。
「魔物増加か」
「嫌な予感がする」
弓使いの男が笑った。
「まぁ行ってみりゃ分かるさ」
回復術師の少女が小さく頷く。
「準備はできています」
ギルドマスターは言った。
「頼む」
剣士は剣を肩に担ぐ。
「任せろ」
そして名乗った。
「Sランクパーティー」
「白狼の牙」
そのリーダー。
レオン・ヴァルグ。
◆
その頃。
テスラ城塞都市の外。
巨大なダンジョンの入口。
暗闇の奥で――
魔物たちが蠢いていた。
それは
今までのダンジョンとは
明らかに違う“数”だった。
(続く)




