第二部 第65話 王の揺らぎ
ロスヴァルの制御塔は、立っている。
だが。
そこに走る黒い亀裂は、消えていない。
朝の光を受けても、消えない。
ただ、そこにある。
◆
砦中央塔、軍議室。
円卓の上に地図が広げられている。
三拠点。
《リーデル》
《グラナス》
《アルヴァ》
「予定通り、リーデルからだ」
カイが言う。
だが。
セリナの視線は地図に落ちていない。
「……ファランシアは?」
一瞬、空気が止まる。
カイは視線を上げる。
「都市同期は安定しています」
「安定……しているのね」
確認ではない。
自らに言い聞かせる声。
◆
セリナは窓の外を見る。
兵は動いている。
再建も進んでいる。
だが。
あの夜の揺らぎは、ロスヴァルだけのものだろうか。
黒い亀裂。
都市と共鳴。
そして――
アオト。
「……私が戻るべきかしら」
その言葉は、王としての声ではなかった。
カイが即座に返す。
「王は盤上から退くべきではありません」
迷いがない。
「後背が揺らいでいる可能性がある」
「だからこそです」
一歩近づく。
「今、兵は揺れています。
王まで揺れれば、盤は崩れる」
静かな断言。
◆
セリナは目を閉じる。
アオトは眠っている。
それは分かっている。
だが。
“何か”が動いている。
あの揺らぎが、彼に触れていない保証はない。
「……無事でいて」
誰にも聞こえない声。
目を開く。
王の瞳に戻る。
「エリーナ」
決断は速い。
「急ぎファランシアへ。
リムと直接話を。
都市基幹層の状態を確認して」
感情は隠す。
「私はここに残る」
◆
エリーナが頷く。
「必ず、戻ります」
風が彼女の周囲に集まる。
軽やかに、だが鋭く。
彼女は空へと舞い上がる。
◆
セリナはその背を見送る。
自分が行きたい衝動はある。
だが。
ここで、立ち続けなければならない。
盤はまだ壊れていない。
崩させない。
◆
城壁の足元。
黒い亀裂。
光が当たる。
影が伸びる。
だが、広がらない。
まだ。
◆
セリナは王都の方向を見る。
「三拠点」
小さく呟く。
前に進む。
だが。
後ろも、見ている。
王は、どちらも捨てられない。




