第二部 第64話 揺らぐ士気
昨晩の異変をよそに、また朝は来た。
だが、ロスヴァルは昨日と同じ様子ではなかった。
中央塔は立っている。
しかし、その外壁には黒い亀裂が走っている。
応急封鎖は済んでいる。
だが――
兵士たちは、それを見ている。
◆
「昨日の、あれは……」
若い兵が、声を潜める。
「七聖の攻撃じゃないらしい」
「じゃあ何だ?」
「……七聖だ。あいつら以外にありえねぇ」
否定する声は出ない。
出せる者がいない。
剣で戦える敵なら、まだいい。
だが――
“塔が勝手に壊れた”。
人は、剣の刃に理由を求める。
だが。
理由のない揺らぎほど、心を削るものはない。
訓練場。
カイが木剣を構える。
「止まるな!」
兵が遅れる。
動きが鈍い。
集中が散っている。
昨日の闇が、脳裏に残っている。
「昨日の異常は、偶発だ」
カイは言い切る。
「七聖の攻撃ではない」
だが、その言葉に確信は乗らない。
兵も、それを感じ取っている。
◆
塔の上。
エリーナが風を読む。
「魔力は安定しています」
だが。
彼女は知っている。
“安定しているように見えるだけ”。
空気は重い。
見えない何かが、下にある。
中央塔内部。
封鎖された魔導核。
黒い亀裂。
脈打ちは止まっている。
だが、亀裂は消えていない。
技術兵が呟く。
「修復……できるのか?」
誰も答えない。
◆
セリナは城壁から兵を見る。
士気は落ちてはいない。
だが。
揺れている。
「怖いのね」
小さく呟く。
隣にカイ。
「当然です」
「それでも進む」
「……はい」
カイは短く答える。
◆
砦地下。
仮設補給倉庫。
兵の一人が、黒い痕跡に触れようとする。
「触るな」
バルドが止める。
「わからねぇものに近づくな」
珍しく、声が低い。
◆
夜。
兵の一部が眠れない。
中央塔を見る。
昨日、灯が消えた瞬間を思い出す。
光が消える。
世界が消える。
それは戦場の恐怖とは違う。
“意味がわからない恐怖”。
◆
旗艦《アーク=テンレア》。
「ロスヴァル、兵の動揺確認」
報告。
ジュリアは扇を閉じる。
「崩れないわね」
微笑はない。
「異常が、こちらのせいでないのが惜しい」
アルディアスは言う。
「揺らぎは利用できる」
◆
ロスヴァル。
夜。
中央塔の亀裂が、ほんの一瞬だけ。
わずかに、広がった。
誰も気づかない。
だが。
兵の一人が、悪夢から目を覚ました。
理由はわからない。
ただ。
“何かが近づいている”。
そんな予感だけが残る。




