第二部 第63話 崩れる制御塔
異変は、振動から始まった。
低く、腹の底に残るような揺れ。
ロスヴァル中央塔の基部。
「……なんだ?」
夜番の兵が足を止める。
魔導灯が明滅する。
一度。
二度。
規則的ではない。
灯が、揺らぐ。
まるで呼吸が乱れたように。
◆
砦内部、魔導制御室。
技術兵が端末を叩く。
「魔力供給が不安定です!」
「外部干渉か?」
「違います、内部循環が――」
言葉が止まる。
魔力流が逆流している。
理論上、起こり得ない。
循環は閉じているはずだ。
だが今、流れは“どこかへ”向かっている。
塔の上。
エリーナが空を見ていた。
風は正常。
雲の流れも乱れていない。
だが足元が震える。
「……下から?」
大地ではない。
塔そのものが、軋んでいる。
制御室。
魔導核が軋む。
淡い光が、濁る。
黒ではない。
だが、純度が落ちていく。
魔力の位相が、ずれる。
設計図にない振幅。
誰も触れていないのに。
「魔導遮断機構、起動!」
緊急遮断術式が展開される。
だが――
制御層が受理を拒んだ。
爆発ではない。
反発だ。
まるで、核そのものが別の位相へ合わせようとしているかのように。
◆
中央塔外壁。
黒い痕跡が壁面を走る。
細い線。
それが枝分かれし、網目を描く。
「塔が崩れる!」
兵の悲鳴。
石が軋む。
塔は内側から歪んでいる。
セリナが駆け込む。
「状況は!」
「魔導核暴走寸前です!」
カイが即断する。
「全員退避!」
「待って!」
エリーナが風を展開する。
崩落方向を制御。
瓦礫が外側へ逸れる。
塔の芯だけが、震えながら残る。
◆
塔内部。
魔導核。
黒ではない。
だが、光が歪んでいる。
中心部がわずかに“脈打つ”。
設計上、存在しない揺らぎ。
リムの通信が入る。
《都市同期層、微弱反応確認。因果不明》
「都市と共鳴してる?」
セリナの声が低くなる。
◆
ファランシア旧医療区画。
保存槽の中。
アオトの指が、わずかに動く。
脳波が跳ねる。
《同期率:上昇》
夢の中。
光の線が乱れる。
制御塔の位置が、浮かぶ。
その中心。
黒い“空白”。
だが掴めない。
鍵は、まだ回らない。
◆
ロスヴァル。
魔導核が限界を迎える。
光が弾ける。
だが爆発は起きない。
代わりに――
全魔導灯が一斉に消えた。
闇。
完全な闇。
数瞬の静寂。
そして。
灯が戻る。
◆
制御塔は、辛うじて立っている。
崩壊は免れた。
だが。
魔導核の中心に、黒い亀裂が走っていた。
亀裂は静かに、内側へと伸びている。
セリナは塔を見上げる。
「……これは七聖の攻撃ではない」
カイも頷く。
「違う。理屈が合わない」
エリーナが震える声で言う。
「魔力が……別の法則で動いていました」
◆
旗艦《アーク=テンレア》。
「ロスヴァル、魔導出力異常」
報告。
ジュリアが目を細める。
「……干渉していないわ」
アルディアスは沈黙。
盤上の一点。
ロスヴァル。
「記録せよ」
一言。
だが、その声はわずかに低い。
◆
ロスヴァルの夜。
塔は立っている。
だが、内部は壊れている。
戦争ではない。
だが。
秩序の輪郭が、削られた。
黒い痕跡は、消えていない。
それは静かに、脈打っている。




