第二部 第62話 深層に走るノイズ
夜に入っても、ロスヴァルは朝と変わらず静かだった。
城壁の見張りが交代する。
兵は疲労が癒えぬまま眠りにつく。
戦は、まだ遠い。
――はずだった。
◆
ファランシア。
簡易医療区画。
リム=サクラは、記録端末を見つめていた。
微細な波形。
一定であるはずの魔力循環値に、
わずかな乱れ。
「……?」
誤差範囲。
だが、消えない。
増えているわけでもない。
減っているわけでもない。
“揺れている”。
リムは端末を切り替える。
都市同期層との接続。
《ファランシア基幹層:安定》
表示は正常。
だが。
数値の底に、微弱なノイズ。
まるで、
深い水底で何かが動いたような。
「……外部干渉ではない」
小さく呟く。
侵入の痕跡はない。
七聖の監視魔導波でもない。
では――何だ。
◆
同時刻。
ファランシア、旧医療区画。
透明な保存槽。
アオトは眠っている。
穏やかな呼吸。
だが。
脳波が一瞬、跳ねた。
夢を見ている。
◆
暗い世界。
音がない。
身体の感覚もない。
あるのは、光の流れ。
無数の光の線。
都市神経網。
それが、どこかで、歪んでいく。
黒ではない。
闇でもない。
“ずれ”。
設計図にない歪み。
アオトの意識が、その歪みに触れかける。
選ぶ。
いや――まだ選べない。
《同期率:微増》
表示が淡く点滅する。
鍵は、回らない。
◆
ロスヴァル。
砦の石壁。
黒い痕跡が、わずかに脈打つ。
侵食ではない。
拡張でもない。
“共鳴”。
誰も気づかない。
だが、魔力の流れがほんの少しだけ変わる。
◆
旗艦《アーク=テンレア》。
情報層。
「……揺らぎ?」
ジュリアが目を細める。
「該当記録なし」
報告。
アルディアスは沈黙。
「演算誤差」
一言。
だが、視線は僅かに動く。
盤上の一点。
ロスヴァル。
◆
リムは端末を閉じる。
判断できない。
だが、確信だけが残る。
「……何かが、動いている」
それは七聖ではない。
都市でもない。
もっと深い。
◆
ロスヴァルの夜は静かだ。
兵は眠る。
王女も休む。
だが。
深層で、ノイズは続く。
まだ小さい。
まだ無害。
だが確実に。
世界は、わずかにずれている。
それは、誰の意志でもなく。




