第二部 第54話 眠る少年と、立つ者たち
七聖撤退から、二日後。
ファランシアは修復作業に追われていた。
崩れた外壁は応急補修で塞がれ、旧文明の光導管がところどころ淡く脈打っている。都市は生きている。だが、完全ではない。
呼吸は浅く、脈は弱い。
旧医療区画の最奥。
透明な保存槽の中で、アオトは眠っていた。
穏やかな顔だった。
まるで、戦場の記憶など存在しないかのように。
「生体機能は安定しています」
リムが淡々と告げる。
「ですが、共鳴負荷は想定を超えました。あと一段深く接続していれば――戻れなかった可能性があります」
室内の空気が、重く沈んだ。
セリナは眠る少年を見つめたまま、何も言わない。
あの瞬間。
七聖の圧力を前に、彼は一人で都市と繋がった。
私たちを守ろうとして。
それが正しかったのか。
――わからない。
「俺たちが前に出きれなかった」
低い声で言ったのは、バルドだった。
「守るだの何だの言っておきながら、最後はあいつ任せだ」
拳が、机を叩く。
鈍い音が響いた。
カイは腕を組んだまま、目を閉じる。
「戦線の構築が甘かった。七聖の出方を読み違えた。あの状況で出来ることは限られていた……俺の責任だ」
「索敵も遅れました」
エリーナの声は小さい。
「上空の魔力濃度変化に気づくのが、あと数秒早ければ……」
誰も、他人を責めない。
責められるのは、自分だけだ。
沈黙が落ちる。
都市の奥で、低い駆動音が響いた。
セリナは、ゆっくりと振り返る。
「違うわ」
静かな声だった。
「私が、急がせた」
紫紺の瞳が、揺れずに仲間を見渡す。
「私が恐怖に押された。守ると言いながら、彼に無理をさせた」
それは事実だった。
七聖の存在は、重い。
秩序の名のもとに下される一撃は、国を消す。
あの時、恐れた。
再び、すべてを失うことを。
そして――
アオトを失うことを。
「……だがな」
バルドが顔を上げる。
「恐れない王なんていねぇ」
カイも静かに頷いた。
「問題は、恐れた後だ」
セリナは目を閉じる。
呼吸を整える。
そして、開いた。
「次は、彼だけに戦わせない」
その一言で、空気が変わった。
「前線は、私たちが担う」
カイの目が鋭くなる。
「力をつけなければならない」
エリーナが地図を広げる。
「レグノル周辺の空域は、まだ完全管理されていません」
「兵は集まる」
バルドが笑う。
「王女が立つならな」
セリナは小さく息を吐いた。
覚悟は、決まった。
「レグノルを――私たちの手で、取り戻す」
それは叫びではなかった。
誓いだった。
◆
医療区画。
リムは一人、アオトの脳波を観測している。
数値は安定している。
だが。
都市コアとの同期値が、わずかに揺れた。
《基幹同期……微弱再接続》
保存槽の内部で、アオトの指が、ほんのわずかに動いた。
夢の中で、何かを選ぶように。
ファランシアの深層で、光が一瞬だけ強まる。
都市は、応えた。
まだ終わっていない。
だが次に戦うのは――
彼だけではない。
ファランシアの外で、夜明けが近づいていた。




