第50話 境界線(アオト視点)
空が、まだ熱を持っていた。
さっきまで“都市”だった場所が、白い焦土になっている。
焼けた石の匂い。
蒸発した水分が、霧になって漂う。
遠くで誰かが叫び、誰かが瓦礫をどかし、誰かが泣いていた。
僕は塔の上で、歯を食いしばる。
――守りきれていない。
《損傷率:11.3%》
《外縁防衛層:再構築中》
《次弾予測:収束開始》
義手の表示が淡く滲む。
都市の深層から流れ込む“痛み”が、胸の奥を引っ掻いた。
(……これが、戦争だ)
空の上。
旗艦《アーク=テンレア》が、静かに砲門を揃えている。
撃ってくる。
止めない。
躊躇もしない。
そして――押し付けてくる。
《秩序位相:再送》
《再統合を要求》
《拒否=排除》
声ではない。
言葉でもない。
だが、理解できる。
統合しろ。
拒むなら消えろ。
ファランシアは迷っていない。
ただ“可能性”を提示している。
統合すれば守れる。
だが境界は消える。
(僕が、僕じゃなくなる)
《管理権限:完全解放可能》
《共鳴率:71%》
《統合推奨》
推奨。
救いのような表示。
次弾が来れば、中心部が溶ける。
仲間が死ぬ。
喉が、乾いた。
「アオト!」
セリナが駆け上がってくる。
煤で汚れた頬。
だが、その瞳は逃げていない。
「見て」
僕は下を見る。
子どもが泣いている。
大人が血を流している。
カイが叫び、バルドが盾を構え、エリーナが空を睨む。
――まだ、生きている。
(守らないと)
都市が応答する。
《防衛機能:制限》
《過剰統合抑制》
《人格境界:保持》
(……制限?)
ファランシアは、僕を呑み込まないために、
自ら出力を落としている。
守るために――僕を壊さないために。
その時、空が裂けた。
第三撃。
《着弾予測:6.2秒》
《回避確率:低》
《統合を推奨》
統合すれば守れる。
だが僕は戻れない。
「……お願い。戻ってきて」
セリナが、生身の左手を掴む。
温度が、世界でいちばん確かだった。
(僕は――アオトだ)
都市と“同時に選ぶ”。
「統合しない」
震えながら言う。
「でも、守る」
「ファランシア――一緒に、ずらす」
《共鳴率:上昇》
《境界線:維持》
《位相補正:実行》
空間が軋む。
閃光。
白。
そして――
塔は、消えていなかった。
直撃は外れた。
《損傷率:19.8%》
《深層構造:一部断線》
膝をつく。
「……生きてる」
「うん……生きてる」
七聖は予測で支配する。
だが今、僕たちは予測の外に出た。
統合でも支配でもない。
均衡。
「約束して」
「あなたが、あなたでいることを」
「約束する」
「君を、一人にしない」
都市が静かに脈打つ。
それは誓いの記録。
だが――
空の上。
旗艦《アーク=テンレア》の艦体中央が、ゆっくりと展開する。
観測でも牽制でもない。
終結の一撃。
《高出力位相兵装:準備段階》
《収束率:上昇》
都市が震える。
(……まだ終わっていない)
光は、まだ放たれていない。
だが収束は止まらない。
選択の猶予は、終わる。
第一部 完
第一部これで、完結です。
第二部へ、物語はいきます。
アオトは?
七聖は?
楽しみにしていただけると、励みになります。




