第46話 防衛(アオト視点)
僕が見ていた目の前で、塔が消えた。
そこにあったはずの監視塔が。
何の前触れもなく。
光も、爆発も、音すらなく。
ただ――一瞬にして消失した。
都市の外縁部。
旧文明時代から残されていた観測塔。
ファランシアの構造の一部だったそれが、完全に“存在していなかった”みたいに消えた。
(……今のは、なんだ)
攻撃じゃない。
破壊でもない。
もっと根本的な干渉。
“存在の書き換え”。
義手の内部で警告が明滅する。
《構造欠損:検出》
《原因:外部位相干渉》
《脅威評価:極めて高》
都市の深層が、震えていた。
恐怖ではない。
動揺でもない。
理解だ。
敵の力を。
敵の意思を。
敵の“次”を。
空を見上げる。
旗艦《アーク=テンレア》。
雲海の上に静止する、巨大な存在。
あそこからだ。
あそこから、干渉された。
距離も。
空間も。
防御も。
すべてを無視して。
(……届くのか)
都市のどこへでも。
都市の内部にすら。
都市が、応答する。
足元の石畳が微かに光る。
地下構造。
塔。
街路。
すべてが再配置を開始する。
《防衛位相:移行》
言葉ではない。
だが、理解できた。
都市が――守ろうとしている。
自らの構造を。
存在を。
そして、鍵となっている。
僕を。
「アオト!」
セリナの声。
振り返ると、彼女が息を切らして駆けてきていた。
「今の……何?」
彼女も見ていた。
塔の消失を。
あり得ない現象を。
「……干渉だ」
短く答える。
「都市の防御機構と僕を、試してる」
セリナの顔が強張る。
「壊されるの……?」
僕は、答えられなかった。
分からない。
あの力は、圧倒的すぎる。
都市ですら、耐えられる保証はない。
その時だった。
都市の深層から、強い応答が来た。
鼓動。
確かな鼓動。
問いではない。
確認でもない。
意思。
守る。
その意思。
(……守るって)
誰を?
都市自身を?
それとも――
僕を?
義手が、共鳴する。
都市と。
構造と。
存在と。
情報が流れ込んでくる。
防御構造。
位相安定化。
構造固定。
存在維持。
都市は理解している。
敵の力を。
そして――
抵抗できることを。
「……出来るのか」
思わず呟く。
都市は、応答する。
光が広がる。
塔の表面。
街路の境界。
地下の導線。
すべてが同期する。
《防衛構造:展開》
空間が、再構築される。
存在が、再定義される。
さっき消された監視塔。
その周囲の構造が、何事もなかったかのように形をとりもどす。
同じことは、もう通用しない。
都市が、学習した。
そして――
都市は、抵抗を選んだ。
セリナが息を呑む。
「……守ってる」
彼女にも分かった。
都市が。
ファランシアが。
自分自身を守っている。
そして。
僕たちを。
空の上。
旗艦《アーク=テンレア》。
そこから、視線を感じる。
観測者。
支配者。
七聖。
彼らは見ている。
都市の反応を。
僕の反応を。
そして。
理解している。
この都市が――
もう自分達の支配下に収まらない事を。
義手の光が、ゆっくりと収まる。
都市の鼓動が、安定する。
だが。
これは終わりじゃない。
始まりだ。
七聖は、次の手を選ぶ。
観測ではない。
干渉でもない。
もっと直接的な行動を。
攻撃を。
セリナが、無言で隣に並び立つ。
何も言わない。
だが、逃げない。
空を見上げている。
僕と同じように。
だから僕も、空を見上げた。
もう分かっている。
逃げられない。
避けられない。
それでも。
守る。
都市を。
仲間を。
彼女を。
都市が、静かに共鳴する。
それは命令ではない。
支配でもない。
選択だ。
僕と都市の。
同じ選択。
七聖との次手の探り合いは。
もう、始まっている。




