第45話 干渉(アルディアス視点)
旗艦《アーク=テンレア》は、静止していた。
完全な停止。
ただ――そこに在る。
その威容で、この空域のすべてを支配していた。
戦略観測室。
半球状の投影空間の中央に、灰色の都市が浮かんでいる。
ファランシア。
レグノル王国に属する都市、そしてアオトによって目覚めた二千年前の旧文明管理都市。
アルディアス・カグツチは、その投影を見つめていた。
「第一段階干渉の結果は」
問いに、即座に応答が返る。
「都市構造、自己維持を選択」
ノクス・アルヴェイン。
仮面の観測者は、淡々と続ける。
「崩壊せず」 「再統合せず」 「抵抗を選択」
沈黙。
アルディアスは、目を閉じた。
抵抗。
その選択は、想定内であり――同時に、想定外でもあった。
「都市ではない」
彼は静かに呟く。
「選択しているのは、少年だ」
投影の中。
都市の中心。
塔の上に立つ、小さな人影。
アオト=ミナセ。
旧文明の遺民。
「アルディアス」
思考の渦に沈んでいると背後から、ミハイマールの声。
「次の段階?」
問いは簡潔だった。
だが、その意味は重い。
観測は終わった。
評価も終わった。
次は――証明の段階。
アルディアスは、ゆっくりと右手を持ち上げた。
何も持っていない。
武器も。
媒体も。
魔導具すら。
ただ、空間に向けて手をかざす。
「直接干渉を行う」
その言葉と同時に。
空間が、静かに歪んだ。
旗艦の外部ではない。
ファランシアでもない。
その“間”。
距離という概念そのものが、圧縮される。
投影空間の中の都市。
その外縁部。
ひとつの監視塔。
旧文明時代の防衛構造の残骸。
アルディアスは、それを見つめた。
そして――
指を、わずかに動かした。
音はなかった。
閃光もなかった。
爆発もなかった。
ただ。
そこにあったはずの監視塔が――
消えた。
完全に。
痕跡すら残さず。
まるで最初から存在しなかったかのように。
戦略観測室に、わずかな沈黙が落ちる。
ノクスの仮面が、わずかに傾いた。
「構造消失を確認」
ミハイマールが、静かに笑う。
「相変わらず、容赦がないわね」
アルディアスは答えない。
ただ、都市を見つめ続ける。
これは攻撃ではない。
破壊でもない。
証明だ。
秩序は、依然としてこちらにあるという証明。
「反応は」
「――検出」
ノクスが即座に答える。
投影の中。
都市全体に、微細な変化が走る。
構造再配置。
防御位相移行。
そして――
中心。
少年。
アオト=ミナセ。
彼が、空を見上げている。
こちらを見ているわけではない。
だが。
確実に、理解している。
今、何が起きたのかを。
アルディアスは、わずかに目を細めた。
「認識しているな」
「はい」
ノクスが答える。
「対象の認知を確認」
ミハイマールが、興味深そうに言う。
「恐怖している?」
「……いいえ」
ノクスは即答した。
「恐怖反応――軽微」
「主反応は」
一拍。
「――拒絶」
その言葉に。
アルディアスの指が、わずかに止まった。
拒絶。
秩序を。
神(七聖)を。
支配を。
拒絶した。
「……そうか」
彼は静かに呟いた。
怒りはない。
失望もない。
ただ。
確信が深まった。
この少年は――
危険だ。
力を持つからではない。
選択するからだ。
アルディアスは、手を下ろした。
「干渉は成功した」
事実として告げる。
「都市は、我々を認識した」
そして。
静かに続けた。
「次は――選択させる」
統合か。
排除か。
あるいは――
破壊か。
投影の中。
灰色の都市は、依然として存在している。
だが。
その均衡は、すでに崩れ始めていた。




