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リブートオブアーク  作者: 和幸雄大


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第30話 選択(アオト視点)

 最初に変わったのは、音だった。

 心臓の鼓動。

 血液の流れる音。

 呼吸のリズム。

 それらに、もうひとつの「周期」が重なっていた。

 ゆっくりと。

 巨大で。

 圧倒的な質量を持った――

 都市の鼓動。

 僕は、地面に立っていた。

 触れていない。

 それでも、分かる。

 石畳の下。

 地下水の流れ。

 崩れかけた梁の応力。

 人々の体温。

 すべてが、僕の内側に存在していた。

(……違う)

 内側じゃない。

 境界が、ない。

「アオト」

 セリナの声。

 振り向く。

 彼女は、いつもの場所に立っていた。

 同じ顔。

 同じ声。

 けれど――

 彼女の背後にある壁の亀裂の方が、先に認識された。

 深さ、四・二センチ。

 進行速度、遅延中。

 崩壊確率、三%未満。

「……アオト?」

 彼女の声に、遅れて反応する。

「あ……ああ」

 今の一瞬。

 僕は、人ではなく、構造を優先した。

《深層鍵接続……待機》

 義手の奥で、声が響く。

 マザーブレインではない。

 もっと深い。

 もっと古い。

 都市そのものの層。

《管理者権限……照合》

 拒否はできた。

 分かる。

 接続を閉じることも。

 境界を維持することも。

 人間のままでいることも。

 だが――

 その瞬間。

 街の外縁で、

 ひとつの命が、消えかけた。

 老人。

 心拍数、低下。

 体温、下降。

 水分不足。

 あと二十七時間で、死亡。

 それが「分かってしまった」。

(……やめろ)

 こんなのは、違う。

 僕は、医者じゃない。

 神でもない。

 ただの――

 同時に、

 地下の深層構造が警告を発する。

 基盤支持率、低下。

 外縁圧力、増加。

 このままでは、

 都市全体の崩壊確率が、臨界点を越える。

《選択を提示》

 声が言う。

 言葉ではない。

 構造として。

 可能性として。

 受け入れれば、

 都市は維持される。

 すべてを守れる。

 命も。

 記憶も。

 この場所も。

 拒めば、

 都市は死ぬ。

 人も死ぬ。

 ここで終わる。

 どちらも、

 正しい。

 どちらも、

 間違っている。

「……アオト」

 セリナが、僕の手を握った。

 温かい。

 不完全で。

 不安定で。

 人間の温度。

「あなたは、あなたでいて」

 その言葉が、

 僕を引き留める。

 だが同時に、

 街が、

 僕を見ていた。

 目ではない。

 意思でもない。

 ただ、

 構造として、

 反応を待っていた。

 観察していた。

 都市は、強制しない。

 奪わない。

 命じない。

 ただ、

 委ねていた。

 僕に。

 心臓が鳴る。

 僕の心臓。

 都市の心臓。

 同じ周期。

 同じリズム。

(……僕は)

 思い出す。

 目覚めた日のこと。

 冷たさ。

 孤独。

 何もなかった場所。

 そこに、

 彼女がいた。

 セリナがいた。

 人がいた。

 これは、

 都市のためじゃない。

 秩序のためでもない。

 正しさのためでもない。

 僕が、

 ここにいたいからだ。

 義手が、変形した。

 光が内部構造を走る。

 見たことのない回路が形成される。

 鍵穴。

 そして――

 接続。

《管理者権限……正式認証》

 その瞬間。

 何かが、

 静かに、

 失われた。

 ひとつの記憶。

 何の記憶だったのか、

 もう思い出せない。

 大切だったはずなのに。

 名前も、

 顔も、

 残っていない。

 代わりに、

 都市が、

 完全に、

 そこにあった。

 僕は、立っている。

 同じ場所に。

 同じ空の下に。

 セリナが、僕を見ている。

「……アオト?」

 僕は、答える。

 少し遅れて。

「……大丈夫」

 その言葉が、

 本当かどうか、

 自分でも分からなかった。

 だが、

 ひとつだけ、

 確かなことがあった。

 ファランシアは、

 もう、

 廃都ではない。

 都市は、

 僕を選び、

 そして、

 僕もまた、

 都市を選んだ。

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