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リブートオブアーク ―科学と魔法が交差する王国再建戦記―  作者: 和幸雄大


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第31話 認証後の世界(セリナ視点)

 朝の空気が、少しだけ軽かった。

 ファランシアの空は相変わらず灰色で、陽は雲の向こうに薄く滲んでいる。けれど、昨日まで胸の奥を押していた圧迫感が、ほんのわずかに緩んでいた。

 焚き火の煙が真っすぐ上がる。  瓦礫の隙間を抜ける風が、前よりも冷たくない。

(……生きてる)

 それだけで、胸が痛むほどだった。

 簡易司令所の外。  私は配給の列の前を歩き、顔を見て回る。

 目が合うと、皆が少しだけ安心したように頭を下げた。  「王女様」と呼ぶ声は、以前より小さくなった気がする。  それでも、その小ささが、いまはありがたかった。

 この街はまだ、壊れかけている。  でも、壊れたまま「続いて」いる。

 アオトは、瓦礫の上に立っていた。

 地面に触れていない。  義手も、光を抑え込んだまま動かない。

 視線は街の外縁――見えない檻の方向へ向いている。

 隣に立った私は、息を吸ってから声をかけた。

「アオト」

 彼はすぐに振り返らなかった。

 一拍。  二拍。

 それは、ほんの短い間だ。  けれど、心臓がきゅっと縮むには十分だった。

「……セリナ」

 振り向いた彼の顔は、いつもと同じ少年の顔だった。  目の色も、声の温度も。

 でも。

 視線の焦点が、私ではなく、その向こうにある瓦礫の亀裂へ一瞬だけ滑った。

 まるで――  私の存在より先に、「街の異常」を確認するみたいに。

(違う。……同じなのに、違う)

「立って大丈夫?」

「うん。大丈夫」

 即答……ではなかった。  言葉が出るまでの時間が、昨日よりほんの少しだけ長い。

 私は笑顔を作った。  アオトを怖がりたくない。  この子を、怪物みたいに扱いたくない。

 だから、自然に言う。

「今日はね、配給の段取りを変えようと思うの。外縁の見張り、交代できる?」

「……うん」

 また、一拍。

 彼は頷いて、言い足すように言った。

「交代時間は、二十七分ごとが最適だと思う。……疲労曲線が」

 途中で言葉が止まる。

 アオト自身が、自分の口から出たものに驚いたように、少しだけ眉を動かした。

「……ごめん。いま、数字が先に出た」

 私は息を呑んだ。  でも、笑った。

「謝ることじゃないわ。助かる」

 そう言ってから、胸の奥で小さく叫ぶ。

(お願い。戻ってきて)

 戻ってきて、っていう言い方が嫌だった。  彼はここにいるのに。  私の目の前にいるのに。

 それでも。

 今日のアオトは、ほんの少しだけ「遠い」。

 バルドが瓦礫を運んでいる。  汗まみれの額で笑いながら、子どもに丸太を抱えさせようとして怒られている。

「おい、持てるって言っただろ!」 「無理に決まってるでしょ、馬鹿!」

 子どもの声が弾む。  笑い声が、短くても確かにある。

 カイは外周警戒の配置を変えていた。  短い指示。速い判断。  でも、ふとこちらを見る回数が増えている。

 アオトの方を。

 エリーナが低空を旋回し、屋根すれすれのところで合図を送ってくる。  その動きはいつも通り軽い。  けれど、翼の角度が硬い。  無意識に、外縁の「線」を避けている。

 檻は完成したまま。  だけど、今朝は少しだけ――街が呼吸できている。

 その中心にいるのが、アオトだ。

 昼。  私はアオトを呼び止めた。

「アオト」

 彼は、すぐに返事をしなかった。

 一拍。

 そして、視線がこちらに戻る。

「……なに?」

 その「なに?」が、いつもより柔らかい。  少しだけ、少年の声だ。

 私はその瞬間に確信した。

(名前だ)

 私が「アオト」と呼ぶとき。  彼は、街の奥から浮上してくる。

 それは魔法じゃない。  信仰でもない。  ただ――呼びかけ。

 私は一歩近づき、できるだけ小さな声で言った。

「無理しないで」

 アオトは、困ったように笑う。  その笑い方は、確かにアオトだった。

「……うん。努力する」

 同じ言葉なのに、今日は少しだけ重い。  努力しないと、戻れない場所があるみたいだった。

 私は胸の奥の恐怖を、ゆっくり押し込める。

 怖がるな。  疑うな。  ここで私が揺れたら、彼はもっと遠くへ行ってしまう。

 私は静かに言う。

「ねえ。アオト。ひとつだけお願い」

「うん」

「もし……あなたが、あなたじゃなくなりそうになったら」

 一瞬、言葉が喉に引っかかる。  それでも言い切る。

「私の声を聞いて。……戻ってきて」

 彼は目を伏せた。

 そして、ゆっくり頷いた。

「……わかった。セリナの声は、わかる」

 その一言で、息ができた。

 夕方。  焚き火が灯る。  人の輪ができる。  薄いスープの匂いに、誰かの歌が重なる。

 アオトは焚き火から少し離れた場所で座っていた。  地面には触れていない。  ただ、炎を見ている。

 私は隣に座る。

「今日は、静かね」

「うん。……静かだ」

 その声が、少しだけ寂しそうで。  私は胸が温かくなった。

 寂しいと思えるなら、まだ大丈夫だ。

 私は焚き火の光を見つめながら、そっと言う。

「ねえ、アオト」

「なに?」

 また、彼の視線が一瞬だけ遠くへ滑る。  街の隙間、瓦礫の傾き、風の流れ――。

 でも、戻ってくる。

 私は、笑って言った。

「……明日もちゃんと呼ぶから」

 彼は少し困ったように笑って、短く答える。

「……うん。お願いします」

 その言葉が、祈りみたいに聞こえた。

 空の向こうで、見えない包囲がきしむ。  鐘のような共鳴が、遠くで一度だけ鳴った気がした。

 でも、今はまだ――

 焚き火のそばに、少年がいる。  そして私は、その名前を知っている。

 それだけで、世界はまだ折れていない。

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