第22話 拒絶する街(アオト視点)
最初に感じたのは、物理的な圧力だった。
空気が重い。肺の奥が押し潰され、呼吸をするたびに鋭い鉄の味が喉にせり上がる。
それは警告という名の、神の視線だった。
《外部干渉、ファランシア全域に接触開始》
《基盤レイヤー、高負荷による応答遅延》
(……来た。本当に、来たんだ)
義手の奥、脳幹へ直接突き刺さるような警告音が鳴り響く。
網膜に投影されたセンサーが捉えたのは、三つの高出力反応。
数は、わずかに三。
だがその「密度」が、過去に戦ったどの魔導兵とも決定的に違っていた。
「エリーナ!」
『――見えた。三機。人型……でも、飛空兵じゃない』
通信石から漏れるエリーナの声が、恐怖で上ずっている。
『魔力じゃない。推進剤の熱もない。……空間を、直接蹴ってるみたいに速い!』
直後、空がガラスのように裂けた。
雲の切れ間から、三つの黒い影が垂直に降りてくる。
慣性を無視し、重力を嘲笑うような急制動。石畳に着地した衝撃で、周囲の瓦礫が砂のように弾け飛んだ。
――人型。
だが、それは騎士でも生身の人間でもなかった。
漆黒の装甲は光を吸い込み、関節部からは血管のような淡い光が漏れている。
「……あれは」
カイが槍を構えたまま、地を這うような声で唸る。
「七聖の主力ですらない。……あんなもの、軍の記録に一度も載っていなかったぞ」
「……旧文明と、魔法の混成型だ」
僕の義手が、解析不能のノイズを吐き出している。
敵は、武器を抜かなかった。ただ、赤いレンズのような目が、僕を――僕の背後にある「街」を、剥製にするような冷徹さで眺めている。
殺しに来ていない。
僕がこの街をどう動かすか、そのデータを毟り取りに来ているんだ。
「来る!」
エリーナの叫びと同時に、中央の一体が跳躍した。
速い。思考が追いつかない。
だが、僕が動くより先に、地面が「悲鳴」を上げた。
(……そこだ!)
僕は義手を地面に叩きつけた。
瞬間、左腕から脳天にかけて、数トンの土塊を直接押し戻すような激痛が走る。
石畳が隆起し、物理法則を捻じ曲げて敵の跳躍軌道を強引に跳ね上げた。
「が、はっ……!」
鼻血が石畳に散る。
街を操るということは、自分の骨を建材にし、神経を電線にするということだ。
黒い影は空中で鮮やかに体勢を立て直し、着地と同時に再び距離を取った。
「……街が」
セリナが震える声で呟く。
「拒絶してる……! 街そのものが、私たちを守ってるのね!」
違う。拒絶じゃない。
僕は、必死に自分の意識を「街」という巨大な質量に繋ぎ止めていた。
死角。風向き。瓦礫の隙間。
すべてが、自分の指先の感覚のように流れ込んでくる。
「カイ、右を抑えて! バルド、二体目の着地点へ!」
「了解だ!」
「オラァッ、大人しく型取りされてやるほどお人好しじゃねぇんだよ!」
カイの槍が閃き、バルドの斧が黒い装甲を叩く。
だが、手応えがない。
岩を殴っているような硬さ。人間を殺すための武器が、全く想定されていない異質の防御。
不意に、三体が同時に動きを止めた。
ぴたり、と。機械的に。
「……引く?」
エリーナが戸惑う中、敵の装甲表面を無数の光点が走る。
《物理干渉データ、収集完了》
《個体識別名:アオト。都市同期率、暫定値を記録》
「……試験、終了だ」
僕が絞り出すような声で言うと、黒い影は何も言わず、空間を紙のように畳んで消えた。
後に残ったのは、焦げた大気の匂いと、僕の荒い呼吸音だけだ。
◆
数分後。廃都にようやく、生き物の気配が戻った。
誰もが、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「……勝ったの?」
セリナが、祈るように僕を見た。
「違う」
僕は震える右手で、感覚の消えかかった左の義手を押さえた。
「“耐えた”だけだ。……向こうは、僕たちの手の内をすべて記録して帰った」
カイが沈痛な面持ちで、歪んだ槍の先を見つめている。
「つまり……次は、この対策を練って来ると?」
「うん。でも」
僕はセリナを見つめた。
「七聖は理解したはずだ。この街を更地にするには、相応のコストがかかるって。……無傷で奪える果実じゃないことを、教えてやったんだ」
空を見上げる。
相変わらず重い雲。
けれど――ファランシアは、まだ折れていない。
初めて、七聖の牙を正面から受け止め、押し返した。
僕は血の混じった唾を吐き、泥だらけの地面にそっと触れた。
「……ありがとう」
冷たい石の感触が、今はどんなベッドよりも頼もしい。
次は、もっと残酷な「本番」が来るだろう。
それまでに、この根をもっと深く、もっと鋭く。
僕たちがここで「生きている」証を、この大地に刻みつけなければならない。




