第一話 最初の呼び声
あの夜から、マルクスには子どもたちの声が聞こえるようになった。
最初は、
夢の中で。
小さな声。
泣き声。
助けを求める声。
ひどく遠いこともあれば、
耳元で囁かれているように近いこともあった。
彼はもう、まともに眠れなかった。
落ち着いて食事もできなかった。
人の目をまっすぐ見ることさえ減っていった。
ほかの誰にも聞こえないものが、
彼にはますますはっきり聞こえるようになっていたからだ。
恐怖。
本物の、
子どもの恐怖。
自分はもうおかしくなっているのではないかと、
そう思うこともあった。
人の多い場所を避けるようになった。
連絡にも返事をしなくなった。
用がないかぎり、家からほとんど出なくなった。
それでも声は消えなかった。
むしろ逆だった。
日ごとに、
近づいてきた。
まるで何かが、
闇の向こうから少しずつ彼のところまで道を通してくるように。
ある夜、その呼び声はあまりにも強かった。
マルクスはベッドから跳ね起きた。
冷たい汗が背中を流れていた。
「たすけて……」
声は弱かった。
震えていた。
子どもの声だった。
マルクスは黙って上着を羽織り、外へ出た。
自分がどこへ向かっているのか、
分かってはいなかった。
だが、足がもう前へ進んでいた。
街は眠っていた。
雪が、人気のない道に静かに降っていた。
彼の内側の声は沈黙していた。
怒りでさえ。
今はその時ではないと、
皆が知っているかのように。
マルクスは、もう煙も上がらない古い工場街へ曲がった。
すぐに、血の匂いがした。
流れたばかりの血だ。
まだ温かい。
彼は駆け出した。
遅すぎた。
まただ。
壊れた扉。
床に残る引きずった跡。
血。
沈黙。
マルクスは中へ入った。
建物の中の闇は、あまりにも濃かった。
まるで、もう何ひとつ生きたものが残っていないかのようだった。
奥から、
子どもの呼吸が聞こえた。
乱れていた。
押し殺されていた。
マルクスは一歩、前へ出た。
何かを見るより先に、
影が動いた。
最初の一撃は腹に入った。
あまりにも重く、
彼の体はそのまま煉瓦の柱まで吹き飛ばされた。
肺から空気が叩き出された。
マルクスは顔を上げた。
目の前に立っていたのは老人だった。
背が高い。
肩幅が広い。
静かだった。
そして、
その静けさこそが何よりも恐ろしかった。
「またおまえか」
老人は言った。
マルクスは、
内側から冷えていくのを感じた。
奴らは彼を知っていた。
いや。
待っていたんだ。
暗闇の奥で、
子どもの泣き声がした。
マルクスは前へ飛び出した。
老人は一歩も動かなかった。
衝撃。
世界がひっくり返った。
膝が石畳を打った。
立ち上がろうとした。
できなかった。
まるで、
体のすべてが急に自分のものではなくなったようだった。
「弱すぎる」
老人は静かに言った。
マルクスの内側に湧き上がったのは怒りだった。
いや。
怒りではない。
自分の無力さへの憎しみだった。
また間に合わない。
まただ。
子どもの泣き声が途切れた。
マルクスは凍りついた。
何かが、
内側でひび割れた。
体ではない。
もっと深い場所だ。
老人はゆっくりと近づいてきた。
「まだ分からないのか」
老人は低く言った。
「世界は、おまえのような者には救えない」
マルクスは顔を上げた。
血が顎をつたっていた。
内側の声は沈黙していた。
正義でさえ。
まるで、
彼の答えを待っているかのように。
そのときマルクスは初めて、
自分の意志で闇へ踏み込んだ。
「なら……」
「怪物が救えばいい」
次の瞬間、
冷たい何かが彼の首を横切った。
世界が揺れた。
体が石畳の上に崩れ落ちた。
もう手の感覚はなかった。
呼吸もなかった。
あるのは冷たさだけだった。
そして、はるか前方のどこかで、
ひどく小さな子どもの声だけが聞こえた。
「たすけて……」
立ち上がろうとした。
できなかった。
闇が彼のまわりで濃くなっていった。
まるで世界そのものが、
彼と一緒にゆっくり目を閉じていくように。
死の間際に、
マルクスが感じたのは恐怖ではなかった。
自分自身への憎しみだった。
また間に合わなかったからだ。
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