エピローグ
夕陽が、薄紅のカーテン越しに差し込んでいた。
ヴァルディスや、側近たちも私を休ませてくれたらしい。
「……セレスタ……」
彼女の姿が、まだ“あのまま”だ。
頭にこびりついて離れない。
誰にも何も言わず、ただ私の炎に身を任せ、頭を下げたあの姿が。
私が取り戻したのは、彼女の命だけだったのではないか――
そんな不安に喉を締めつけられる。
「……戻さなきゃ……」
すっと身体が動く。
なんとなく軽い。
あんなにぼろぼろになったのに……。昨日セレスタから貰った温かい”蒼い焱”のおかげか。
その時――
「……起きちゃったんですか? もう少し寝てていいですよ」
ひょっこりと顔を出して、扉がそっと開かれた。
入ってきたのは、白銀の髪をした少女。
青空色の瞳が、いたずらっぽく笑っている。
「……セレスタ……?」
思わず呟いたその声に、彼女はきゅっと笑った。
「はい。竜のままだとお話できないので、頑張って戻ってきました」
「……えっ」
あまりに自然に言われて、私は一瞬言葉を失った。
セレスタは、人の姿に戻っていた。
髪は月光のように淡く、白いガウンの裾をふわりと揺らして、ベッドの脇へ。
「叔父様の魔法、ずーっとかけられてたから、体が勝手に覚えてたみたいで……。あ、あと加護も、竜のほうがしっかりしてるっぽいです。便利ですね、竜」
ぴょん。
ベッドが沈んだ。
セレスタが、私の隣に飛び込んできたのだ。
「ちょっと……! おまえは……!」
慌てて体を起こすも、彼女はお構いなしに私の胸元へすり寄ってくる。
憑き物が落ちたかのようだ。
バリストン邸へ行ってしまう前の彼女が戻ってきた。それよりも、もっと明るく暖かいセレスタ。
「だって、久しぶりに戻ったんですよ? ご褒美くださいよ、陛下」
可愛らしく下から見つめられる。
竜だった時のように頭を近づける。
下から目線の彼女がここまでの破壊力だとは……。
「こ、こら!」
そう言いながらも、私は彼女の髪に手を伸ばしていた。
ああ、本当に――帰ってきたのだと。
「ほ、ほんとは、名前でいつ呼ぼうか……迷って……」
ふわりと、セレスタが私を見上げる。
「……アッシュ様」
その声音が、やけに甘かった。
頬が熱を帯びるのを感じながら、私は口を開く。
「……おまえなあ……」
けれど、叱るように吐いた言葉は、すぐに笑みに変わった。
涙が滲みそうになるのをごまかすように、彼女の頭を抱き寄せる。
私はようやく、心の底からこう言えた。
「――おかえり、セレスタ」
そのとき、ふと視線を落とす。
ベッドサイドの陽だまりの中。
静かに並べられた二つの耳飾りが、朝の光を受けて柔らかく煌めいていた。
かつて交わした、ただの“偶然”の記憶。
けれど今、それは確かな“約束”となったのだと――私は、知っている。
以上で一幕完結です。
まず、この作品、キャラクターたちを見つけてくださり、本当にありがとうございます。
ここまでお読みいただいたこと、感想、ブクマなどとても励みになります。
以降、6/21、7時に一幕後の外伝をnoteにて。
7/7に二幕(完結済み、投稿のみ)
三幕でシリーズ完結(10月以降の予定)
というスケジュールになっております。二人の物語を最後まで見届けていただけたら、嬉しいです。
また、noteにて、本編外の小話(https://note.com/fire_thyme7838/n/na0c1de3866c9?sub_rt=share_b)を置いてます。
よかったら、こちらもぜひ。




