ホームパーティー(2)
数時間後、ヤヌアールは酔いが回ったらしく、ぼんやりとした様子でソファーに腰掛けていた。シュトラントが水を持ってきた時には、既に眠ってしまっていたので、母達に言って彼女の部屋に運んでやる。
ベッドにそっと下ろしてやってから、再びリビングへと戻る。
──と、シュトラントは扉にもたれ掛かりながらその場にしゃがみ込んだ。
「ああぁぁぁ…………存在が愛おしいなぁ…………」
「御両親の前でやめんか馬鹿息子」
「あらあらぁ。シュトラント君、よく襲わなかったわねぇ」
シュトラントがヤヌアールの事を好いているのは、彼女の両親にも知られている。最早隠す事もなく、むしろ彼女の好きな点を語り尽くしているのだが、幼馴染以上の関係に発展する気配はない。
「いいのよ? バーッとギャーッとギャンッてやっちゃって」
「それは何の擬音なんすか……?」
「ふふふっ」
イェナーも酔いが回っているのだろうか。ぽや〜っとした様子で喋っている。
「アイ君も良いわよねぇ。早く孫の顔も見たいものねぇ」
「…………………………。」
父親としては複雑な心境なのだろう。鋭い目付きをぐっと細めて、何かを堪えるかのように眉根を寄せながら頷いた。
「やめてやんな。物事には順序ってもんがあるさね。第一、十年以上も片想いしてる女の子に『好き』の一言が言えない男が、そんな大層な事出来る筈がないだろうよ」
「ねぇ〜。恋に奥手なのは僕に似ちゃったかな」
「あら。フェス君ってばヘタレなの?」
「多分そうかもね」
釈然としない答えだが、多分その通り、フェストラントはヘタレの部類だ。とはいえ、シュトラントがヤヌアールへ告白出来ないのは、シュトラント自身の問題だろう。遺伝のせいにはしたくない。
「何だい。男がなよなよしてんじゃないよ。シュトラント、お前も男ならヤヌアールちゃんを惚れさせる気でかかるんだよ」
「アピールアピール!」
「…………うーん……」
はたとシュトラントは思った。
ヤヌアールの好きな所なら、いくらでも思いつく。しかし自分のいい所、と言われるとすぐには思いつかなかった。
近所のおば様達には「男前ねぇ〜」と褒められるものだが、はたして彼女の好みの顔であるかは分からない。
「……なぁ父さん達。俺のいい所って何だと思う?」
自分で分からないのであれば、他の人に聞くしかあるまい。
まず初めに即答したのは、意外にもアインヤールだった。
「存在」
「ん…………!?」「………………は?」「………………えっ」「あらぁ」
予想の斜め上の答えだった。それも彼の口から出てくるとは思わなかったので、揃って呆けた声を出してしまった。
当の本人は変わらず無表情で、淡々とした様子で語り始める。
「…………シュウ君は……とても優しくて、強くて、賢い、いい子です…………。ヤヌアにとって……君の存在は大きいから…………」
「おじさん……お義父さんって呼んでいいっすか!?」
「…………………………。」
そっと視線を逸らされた。多分駄目だという事だろう。
「私もアイ君に同じかしらぁ。シュウ君といる時のヤヌア、とっても楽しそうなんだもの。アピール、なんて少し大袈裟だったわね。シュウ君はシュウ君のままで大丈夫よ」
「ま、今以上には進展しないだろうがな。そこはお前の決める所だ」
「うんうん。僕達親から見れば、お前のいい所だって沢山あるからな」
そう言われると少しばかり気恥しい。父達の優しさが身に染みて、シュトラントは思わず頬を弛める。
「…………そっか。ありがと……俺、頑張るな」
「何を、頑張るんだ……?」
ガチャッ、とシュトラントのすぐ後ろの扉が開いて、まだ赤みの残った顔をしたヤヌアールが顔を覗かせた。
もしや今の話を全て聞かれていたのではないだろうか、と戸惑ったものの、彼女は小さく欠伸をしていてぼんやりとした様子で首を傾げている。
「すまん、寝てしまってたんだな……皆で何の話を?」
「そ、れは……」
助けを求めるように視線を送るも、父達は「男を見せる時だぞ」とでも言わんばかりに頷くだけだった。
しかし勢いに任せて告白するのも違うので、ひとまずこの場を誤魔化したい、と慌てて言葉を紡ぐ。
「と、父さん達の惚気を……な!!」
「なんだ……それならもう何百回と聞いたよ……。母さんと父さんの出会いから……うん……」
まだ眠いらしいヤヌアールはうつらうつらとしながら喋っていた。
「眠いなら寝てていいんだぞ?」
「ん、……でも……」
「ふふっ、まだまだ子供ねぇ。ゆっくり寝ておいで」
イェナーにそう言われた事が決め手だったのか、ヤヌアールは頷いて部屋に戻ってしまった。
はぁ、と溜息をついてシュトラントは零す。
「存在が愛おしいなぁ……」
「戻るな」
シュトラントも酔っているのだろうか。普段なら絶対に言わないような事を口にしてしまった。
その事を少しだけ後悔するのは、明日の朝の事である。