49 ご挨拶
おお!
どなたか存じませんが、ブクマありがとうございます!
絶対的存在である創造神を、アオが泣かせた日から数日。未だアオ達は魔王領にいた。シズカとコウスケは日本人。世話になった人達に挨拶も何もなく立ち去ることなどできない。一人一人に感謝と、お礼を言って回る為、時間がかかっていた。対してアオがお礼に行くのはグズとギルと魔王だけである。即挨拶は済んだのだが、シズカたちが終わらないので待っている状態である。因みにアオの脳内に『金糸雀』とデグリスは残っていない。残念。
「今後どうするんだ?」
「人族達には我が魔王領から食料や物資の支援を開始した。被害の少なかった火の国と風の国にはとくになにもない。Sランク冒険者がいたので他より被害の少なかった光の国、木の国、土の国は物資の支援を少々。その結果、人族は魔族領への不可侵条約を交わしてくれた」
「不可侵だけか?」
「今はまだ、な」
ギルが笑う。
「ほら、今まで殺し合ってた相手と仲良く、なんて急にはできないっすよ。それほど長い間人族と魔族は殺し合ってたっす」
城内に入る為か、人型をしているグズの説明に、そうか、と頷く。
不意に、魔王がギルとグズを従え、アオの前に立った。その顔に笑みはなく、真面目な表情である。
「感謝する。勇者よ。貴殿の尽力のおかげで、魔族は永らくの不当な評価から脱することができた。長い年月がかかるだろうが、再びこの世界の民として迎えられるだろう」
ゆっくりと下がる頭。それにかくっと首を傾げた。
「私は関係ないだろう? お前が上手に外交した結果だろう?」
「そのきっかけを与えてくれたのはお前なのだよ」
頭を上げ、可笑しそうに笑う魔王に、ますます首を傾げるアオ。自分がどういう存在なのか、全く覚えていない、興味のないアオらしい姿に、グズがにんまりと笑った。
「いやぁ、真なる神様の名前ってすっごい効果っす~」
「お前と一緒にいた俺達も人族の中では神格化しているんでな」
「……ああ、成程」
そういうや、ちょっといっちゃった奴らがいたなぁ、と思い出し、思わず遠くを見る。
やたらきらきらした残念イケメン。『金糸雀』のリーダーエドワードが広めたアオ達は真なる神という定義は、人族領全体に浸透していた。
三柱の神と呼ばれているとか。それは日本の神だ、と思うが口を噤む。どうせ言ったところで理解されるとは思わないし、話が飛躍しそうだった。
グズは魔法を司る神。ギルは武術を司る神。そしてアオは、人の生死を司る神だと言われている。そのどれもが醜く、残念な顔立ちだった為、醜い事が迫害の対象とはならない、と人々は知ったらしい。今頃かよ、今更かよ、というアオのツッコミは、苦笑で黙殺された。というか、一律醜いと言われた三人は、非常に微妙な気持ちである。
こればっかりはなぁ、と独り言ち、今一度遠くを見た。
「それで、アオ」
「む?」
「デグリスに会わなくてよかったのか?」
「え? デグリス? 何故?」
きょとんとする様子に、ギルはがっかりしたように肩を落とし、グズがほらぁと笑って見せた。その様子に眉根を寄せる。
「アオ、アイツはアオに惚れてるっす。そんな相手が急にいなくなったら可哀そうじゃないっすか」
「いや、しかし、デグリスは気にしなくていいって言ったぞ」
「アホか! それは男の見栄だ。あと、押してダメならってやつだ」
「そうっすよ。かっこ悪くすがれないし、押して反応がないなら引いてみて気を引きたいっていう恋の駆け引きっす!」
えぇーと困惑気味な声を上げ、助けを求めるように魔王を見るが、魔王は困ったように曖昧に微笑み、軽く肩を竦めただけ。詰め寄るギルとグズを止めてはくれない。
誰が何と言おうともう帰るだけ。何故にデグリスに挨拶をしろというのか。
「アオ。きちんと引導を渡して来いってことだ」
「それは……息の根を止めて来いってことか? ジンギルフ」
「ちがうわ!! 自分が勇者で、異世界の人間で今から帰ります、と挨拶してやれってことだ!」
久しぶりにギルの拳が頭に落ちた。
怒鳴られるが、それのなにが引導になるかわからないアオは、それでも詰め寄るギルとグズに、とりあえず頷く。しかし、デグリスは火の国の冒険者。住まいも火の国。すぐすぐには会えない。だがその悩みは魔王により一瞬で解決される。
この世界に来た当初、アオ達を水の国の森へ送った転移魔法を使用するらしい。ただし、あの魔法は術者がいる場所からしか通じない。帰りの方法がないので、魔王も共に行くことになった。
王自らのご出陣。それ、大丈夫なの? というアオの心配をよそに、久しぶりに遠出をする魔王が、思いの外テンションが上がっていて、口をはさめなかった。
明日には帰ることが決まっている。サクッと行ってサクッと帰ってくることにした。魔王にその場で転移の魔法を使ってもらい、デグリスの家の中へと転移する。
相変わらずのスライムともふもふだらけのデグリスの家。そのリビングで、酒を飲みながら突っ伏すデグリス。アオ達が神だという通達で、自分の恋が完全に潰え、やけ酒を煽っていたのだ。正直、この状態ならわざわざ挨拶する必要はなかった。むしろ、今からやることはただの追いうち。傷口に辛子味噌をぬりたくる兎のような行為。しまった、とギルとグズは顔を見合わせた。しかし、アオは気にしない。ずかずかと近寄っていく。
「でぐりーす」
「?! アオ?!」
もう呼ばれるはずのない声に呼ばれ、跳ねるように起き上がるデグリス。近づいてくるちみっこに、あれ、と首を傾げた。
髪が、黒い。
デグリスの知るアオは限りなく白に近い灰色の髪をしていた。しかし、髪の色以外は完全にアオである。
殺人鬼であると言われても納得できる凶悪な三白眼。低い鼻。あまり感情を感じられない表情。残念過ぎる顔と相まって、普通の人間なら恐怖を覚え、視線を逸らすかもしれない。
「あ、アオ、なのか? 髪、染めたのか?」
「ああ違う違う。これが本来の色なんだ」
「本来?」
首を傾げるデグリスに、アオは簡単に自分の経緯を説明する。
異世界から呼び出された勇者で、呼び出した水の女神を殺すために旅をしていたこと。それが済み、創造神の力で元の世界に帰ること。その前にデグリスに挨拶にきたこと。それと、一緒にいたギルとグズが魔物で、今一緒にいる知らない顔は魔王であることも。
顎が外れそうなほどかぱっと口を開け、説明を聞いていたデグリスだったが、やがて、深い溜息を零した。
「ギルさん達が魔族ってのはまぁ、いいや。それで2人の何かが変わるわけじゃないしな」
「お、ほんとっすか? やっぱデグリスはいいやつっすね!」
嬉しそうなグズに軽く肩を竦め、笑う。
デグリスはスライムや動物たちを家族としてきた。人族とか魔族といった括りは持っていない。2人がなんであろうと関係ない。自分の目で見、耳で聞いたことが全てなのだ。
こういう人物だったから、人族領で唯一、3人が気を許したのだと、デグリスは知らない。そして、理解した魔王は、とても嬉しそうに微笑んだ。
男とはいえ、絶世の美形に満面の笑みを向けられたじろぐデグリス。一つ咳ばらいをすると思考を切り替えた。アオを見る。
「それで? わざわざ帰る前に挨拶にきてくれたのか?」
ぽん、と頭を撫でれば、気持ちよさそうに細められる目。求めるように傾げられる首。ああ可愛いな、と口元が緩む。
「ん。明日帰る。世話になった」
「そうか。ありがとよ。最後に会いに来てくれるなんてな」
よしよしと頭を撫でながらにこにこと笑うデグリス。その顔は喜色に染まっていた。とても傷口に辛子味噌を塗られた人間には見えない。それにギルとグズは、あ、そういうやコイツ変なやつだったわ、と思い出し、そっと遠くを見た。
おそらく脈がないと思っていた野良猫が、最後に挨拶に来たことが嬉しいのだ。もうそれだけで全てがカバーされるほどに。こじらせてこんな男になったら嫌だな、とギルはそっと考え、今度実家に帰ったらちゃんと嫁を探そうと心から決意した。
両手でわしわしと頭を撫でられ、髪を乱されるが、心地よさに目を閉じていたアオがぱっと目を見開いた。それに思わず手を止める。
「デグリス。すまんな。世話になった。モフモフ達とこれからも元気でな」
「っああ、お前もな、アオ」
「ん。あ、そうそう。私の名前な、本当は日下 蒼というんだ。蒼というのが名前だ」
「ソウ?」
「ん」
「ソウ、か。人族で知ってるのは俺だけか?」
「ん。デグリスなら呼んでいいぞ」
「そっか。ありがとよ、ソウ」
ぽんぽん、と二度頭を撫で、そっと手を離す。乱れた髪はアオが自分で整えた。
「じゃ、さよならだ」
「おう。じゃぁな」
ひらひらとふられる小さな手。それに振り返しながら、ソウ、と小さく名を呼ぶ。聞こえたのか、アオが首を傾げた。
「お前の事が好きだ。たぶん、ずっと」
「……。そうか。私も、お前の事は嫌いではないぞ」
「そっか。うん、ありがとな、ソウ」
もうアオは何も答えない。ゆっくりと、その姿は薄れ、消えた。
最後に会えて、名を呼ぶ許可をもらえたことに、心からの幸福を感じたデグリスは、相変わらず脳内フィルター満載な恋する男だった。
夜にまた更新します。




