50 エピローグ
おお、最後にまたブクマが!
嬉しいです! ありがとうございます!
ようやく最終話です。
お付き合いありがとうざいました!
カタカタと微かに響くタイプ音。音の原因は、6畳ほどの部屋の主、日下 蒼。真っ暗な部屋。パソコンのディスプレイの光だけが光源となり、ぼんやりと照らされている。
フローリングの部屋は整然としていて、綺麗だ。たとえ、壁一面に本棚があり、その本棚にびっしりと本やゲームソフトが並んでいても、物で溢れかえっているという印象は受けない。あまりに整頓されすぎて、この部屋の主がいかに神経質なのかを物語っているようだ。
唯一の光源であるディスプレイの前に座る蒼。長くざんばらな前髪。鋭い三白眼。その下には、一体どれだけ徹夜したらつくのか、思わず問いただしたくなるほどくっきりと濃い隈。不摂生を物語るかのように唇は乾燥し、割れている。
少し骨ばった指が、せわしなくキーボードをたたいている。そのたび、画面には次々文字が打ち込まれている。やがて音は止み、蒼は大きく伸びをした。随分と長い時間、集中していたようで、身体から軋んだ音がする。
「蒼ー? 終わったのか?」
「ん」
後ろからにゅっと飛びだした腕が抱きしめる。それに特に抵抗もなく、一つ頷いた。
「今回はトリップ系だったんだね」
「ん」
抱きしめる腕の持ち主とは別な声が問う。それにも一つ頷いた。
「珍しいな。自分を主人公にするなんて」
兄の疑問は当然だった。蒼は過去、一度たりとも自分を主人公にしたことはない。キャラクターとして、ほんの僅かも出したことがない。ちなみに、他の家族は主人公、または主人公を支えるキャラクターとして、それぞれ一度以上は出ている。
しかし、蒼は疑問に、なんてことない顔をした。
「これは出さない奴だからな」
「そうなのか? でも俺達は読んでいいのか?」
「ん。いい。煌兄達なら」
こくりと頷かれ、可愛い妹の言葉に、兄達は破顔する。
「そっかそっか。それにしても、蒼はトリップしても帰ってきてくれるんだな」
最後の方は後ろから覗き込んで読んでいた。結末に、兄はにっこりと笑う。それに蒼は当然、と大きく頷いた。
「私が在る場所は此処だ。父、母、蓮兄、煌兄がいなければそこに価値はない」
「お前を好きだってやつもいたぞ? お前もまんざらじゃなさそうだったぞ?」
「煌兄と蓮兄以上に良い男じゃないから仕方がない」
さらりと返しつつ、蒼はふと考える。大好きな兄達よりいい男っているのだろうか、と。答えとしては父だろうか。しかし、父は母の旦那なので数には含まれなかった。となると、やはり『いない』これが正解かもしれない。
兄達は揃って撫で上手で、甘やかし上手――それが蒼限定だと蒼は知らないが――。それ以上の男、と言われても蒼には想像もつかなかったので、蒼を引き留める要素としてはなりえない。
「ありがとう、蒼。蒼は本当に可愛いね」
「流石は俺達の妹だな!」
兄達がご機嫌で撫でてくる。力強いそれをものともせず、表示されている印刷ボタンをクリックした。音をたて、いつだってセット済みの紙が飲み込まれ、排出される。それを横目で確認し、印刷終了に時間がかかるのを理解しているアオは、煌の腕をタップした。
「母達の顔を見たい」
「あ、そうだね。僕たちがいつまでも蒼を捕まえてると、あの人たちすねちゃうね。蒼、ご飯は?」
すぐに察した蓮。その言葉に、ああ、と納得し、煌が抱きしめる腕を離した。自由になった蒼がゆっくりと立ち上がる。
「食べる」
久しぶりに立ち上がったせいか、膝が妙な感覚だった。軽く膝を揉み、小さく頷く蒼の頭を、蓮が優しく撫でた。それに目を細める。慣れた手の感覚に、それだけで心地よさを感じた。
「じゃ、俺達が蒼の夜食を作るか。その間、蒼は2人と話しなよ」
「ん。ありがと。兄達」
礼を言い、蒼はちらりとせわしなく動き続けるプリンターへと視線を向けた。真っ白な紙が飲み込まれては排出されている。片面印刷の為、文字が印刷される側は下になり、ただ白い紙だけが排出されているように見えるそれを、僅かに眺めた蒼は軽く目を閉じた。そして、心の中でじゃぁな、と呟き、兄達と共に下階へと降りる。
リビングでテレビを見ていた両親が顔を上げ、息子たちに続いて顔を見せた可愛い娘に破顔した。
「あら、蒼。今回の小説はもう書き終わったの?」
「ん」
「またお父さん達に読ませてくれるかい?」
「ん。今印刷してる」
こくんと頷けば、そうかそうかと嬉しそうに笑う父。
優しい家族。穏やかな時間。これこそが幸せだ、とかみしめた。
異世界も恋人も必要ない。自分にとっての幸せは、この小さな世界。父と母と兄2人がいる、この家の中だけが蒼の幸せ。勿論、いつかは兄達は恋人を作り、結婚し、家を出ていくのだと理解している。しかし、それでも、それまでは、この世界は崩れることなく、蒼の中で永遠の幸せなのだ。そして、それだけで良かった。それ以上は望まず、その日まではこの幸せを噛みしめて生きていく。それが今の、日下蒼の全てだった。
END




