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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
二章
25/51

25 対トカゲ戦



 赤い鱗が剣を弾く。打ち込む。弾かれる。打ち込む。弾かれる。


 幾度繰り返したか覚えていない。アオの持つ魔剣でさえ弾く鱗。開いた口から噴出される毒の霧をよければ長い尾がうねり、強かに打ち込まれる。まるで宙を舞う木の葉のように軽々と吹き飛ぶ細い身体。激痛に息が詰まる。無様に地面に落ち、勢いのまま三、四度転がった。痛みにうめく間もなく振り下ろされる爪を転がって避け、急いで起き上がって態勢を整える。


 自分の身体を能力向上Lv1~Lv3まですべてを使い、攻撃、防御、速度を底上げしているためか、装備が壊れたりはしていない。


 アオの装備は全てダンジョンの130階で手に入れた物。


 いつものシャツとズボン。その上に布のように軽い鎧。ミスリルを糸状にしたもので編み上げたらしく、普通の上着のようだが、非常に硬く、防御力は高い。魔法の効果がついており、炎耐性が僅かに上がっている。その上から羽織るローブ。防御力は加算されないが、魔力の総量が上がる。広い袖、長い裾が剣を振るうには不利だが、クレリックの装備としても、中のミスリルの上着を隠すにも丁度良い。足元は、膝下までのミドルブーツ。魔法の効果が二つ。身を軽くする魔法と、速度が上がる魔法がかかっている。この速度は、剣を振るう速度のようなものも含まれている。


 その他にも小指に指輪を一つ。上着の中にペンダントを一つつけている。力の最大値を上げる指輪と、フライの効果が発揮できるペンダント。


 魔法の効果が付いた装備は、身に着ける者の身体に勝手に合うようになっており、小さい大きいがない。実に便利な装備だ。


 魔剣は切れ味が上がる効果がついている。剣というより日本刀。両手で構え、振りぬく。毎度お馴染みの硬質な音を響かせ、弾かれた。


 弾かれるたびにアオは一度頷く、という事を繰り返していた。


「理解した。お前の鱗はこの刀では斬れない」


 流石Sランク、と頷く。


 この世界では普通の人族の最終平均レベルは5~10。特殊な職業、主に戦闘系であれば平均15~20。上位ランクの者であれば25~30くらいまであがる。そして、最高位と呼ばれるもので、最高到達レベルは50だった。


 アオの現在のレベルは23。クレリックならば上位ランクと言っても問題ない。そんな高レベルと呼べるレベルのアオが、ダンジョン130階の装備に身を固め、魔剣を手にしているのにもかかわらず、攻撃が通らない魔物。100階にさえ到達できないAランクでは太刀打ちできないだろう。


 攻撃をよけながら、ちらりと剣に視線を向ける。刀身に刃こぼれはない。あれほど打ち返されていたにもかかわらず。成程、これが魔剣と呼ばれる所以か、とまた一つ頷いた。


 武器や防具が壊れないからと言ってダメージがないわけではない。打ち付けられれば痛い。打撲や、下手をしたら内臓破裂の恐れがある。外に見えない傷は気づきにくく、外傷よりも遥かに致命傷になりやすい。そのことは早い段階でギルから注意が来ていた。なので、一撃でも食らったら即治癒Lv2で回復する。魔力回復の恩恵があるので惜しげもなく使い、常に無傷状態を心掛けた。


「動き悪いっすねぇ」

「ああ。これは今後の訓練を変えねばならんな」


 少し離れたところでギルとグズが小難しい表情を浮かべていた。


 今までアオには魔物の弱点を教え、どうやって倒すのか、その方法を教えてきた。場合によっては魔物のどの部位が弱く、剣をたて易いのかも。その為か、自分で未知と戦うことには慣れていない。戦う前に少々過保護になりすぎていた事に気づく。


 ギルはアオの戦闘の師だが、剣もナイフも握ったことのなかったアオ。そんな相手に複数の攻撃をしかける事はなかった。ギルも手に剣を握り、その剣でだけ攻撃し、捌き方を教えてきた。一度に複数の攻撃を捌く方法は教えていない。ダンジョンでもそのような魔物の相手はさせなかった。攻撃の種類はいくつか持っていても、攻撃の際は一種類しか使わない相手のみと戦わせてきた。ボアジェネラルなら突進。リッチなら魔法を一種類。複数の攻撃手段を持ちながら、攻撃してくるときは、まるでRPGのターン制のように、一個ずつの攻撃しかしない。その結果、たった一体で複数の攻撃を、様々な角度から繰り出すゲオルギウスの攻撃を捌ききれない。


 触れただけで溶け落ち、そこから全身に毒が回り、死に至る毒のブレスは何があっても避けろ、と最初に指示したから、それだけは徹底して避けている。しかし、ブレスに神経が集中しているせいか、尾や爪の攻撃に当たる。装備も良く、防御力を上げているので引き裂かれることはないが、衝撃による攻撃はダメージとして入っていた。今も吹き飛ばされ、起き上がったアオの顔に血。グズが「鼻血鼻血」と声をかけ、初めて鼻血を出している事に気づいた。ぐいっと乱暴に手の甲で拭ったせいで、斜めに血が広がっただけ。それに頓着せず、治癒Lv2をかけていた。


 打撃による内臓への攻撃の厄介性は、毒のブレスの次に危険だと言ったから、一撃貰えば過剰なLv2でしっかりと回復している。けして油断しないという点では、その回復は評価するが、魔力の無駄という点で大きくマイナスだ。戦いにおいて、魔力の無駄は死につながる。平然と無駄遣いしているのは、戦闘中に魔力切れを起こしたことがない事が原因だろう。


 魔法を使う際も問題があった。一回使うたびに動きが止まる。これは魔法を使う際、いつも立ち止まった状態で使用していたかたらだ。それを自分達が注意したことがなかったからか、その状態が普通だと思っている節がある。治癒も、能力向上も、本来動き回りながら使う魔法だ。しかし、アオがこの魔法をガンガン使って戦う時はほぼ、自分達が前衛として戦っている時。自分達が強すぎたのも一つの要因だと気づく。ギルとグズという壁がある際は、一度足りともアオへ攻撃が届いたことはない。そんな攻撃は全て潰してきた。故に、戦いのさなかに足を止めるという恐ろしさが理解できていない。


 まずいな、と呟き、グズを見た。アオの戦い方は、自分より弱い、自分を害せないと解っているものとのみの戦い方。戦いをなめていると言われても仕方のない戦い方なのだ。あれでは自分より強い相手とは戦えない。アオの最終目標が『水の女神を殺す』なので、この戦い方ではダメなのだ。


「今後の訓練なんだが、一通りの訓練をしたのち、俺とグズを同時に相手する模擬戦を入れようと思うが、どうだ?」

「いいと思うっす。魔力切れでの戦いの怖さも分かると思うっすよ」


 グズもこくこくと頷き、即座に肯定を示す。


 必死に戦う後ろで、恐ろしい相談をしているとは露ほども知らず、アオは剣を振るう。硬い鱗に阻まれるので、鱗のないところに狙いを定めた。


 腹。


 攻撃をするために前足を上げたその時だけがチャンス。失敗すれば爪に吹き飛ばされる。それならば良いが、爪が何にも覆われていない頭に当たれば、どうなるか。防御力を試すにはリスクが高すぎる。爪ならばまだ避けることができるが、腹部に押しつぶされる形となったときは避けられる自信がない。非常に危険な攻撃。それでも、そこに可能性があるなら試さなくてはならない。


 戦う前に言われた。今回はお前一人で戦え、と。未知の敵、弱点もわからないのが戦いの基本。その中で自ら考え、行動し、勝利を手に入れる。その難しさに、自分が今までいかに甘やかされていたか知る。


 開いた口に、ブレスを避けるため、駆け出す。跳んでは空中で、尾や爪の攻撃を避けることができない。それはもう、十二分に理解できた。鼻血を出すほどには。吹き飛んで土に塗れるのも、もうごめんこうむりたい。


 ふと、赤い肉に気づく。


 頭部。開いた口。


 あ、と口を開く。その瞬間、足が止まった。結果、長い尾に吹き飛ばされ、もう何度目かわからない、宙を舞った。地に落ち、反動でごろごろと転がる。その体が奇妙な動きで起き上がった。起き上がったというより、糸が突然ひかれた操り人形のようにびょん、と跳ね上がったのだ。そしてそのまま宙に浮く。


 ペンダントに付加された魔法、フライ。ペンダントに魔力を流せばアオでも自在に空を飛べる。ただし制御が難しいので、ある程度魔法に慣れた者以外は、安易に使わない方が良いだろう。


「アーオー! また鼻血っすよ!」


 かかる声に手の甲で乱暴に拭う。そして、べっと唾を吐き出した。否。吐き出したのは唾ではなく血。口の中に広がる味に、顔をしかめた。


 すぐに治癒Lv2をかけ、剣を構える。


 宙を飛び、爪を避け、待つ。ブレスを吐く、その瞬間を。かぱりと口を開いたその瞬間、アオは真っすぐに飛び込んだ。見ていたギルとグズが目を見開く。アオの行動はどう見ても自殺行為。なにをしているのだ、と。慌てた。


 咄嗟に駆け出すギル。アオのフライの魔法に干渉しようと、魔力に集中するグズ。


 真っすぐに、全力で突っ込んだアオの手に握られた剣。突き出されたそれ。アオ自身と合わせ、一本の槍のよう。開いたゲオルギウスの口に突き刺さった。


 鱗に覆われていない口腔。剣は間違いなく突き刺さった。突然の激痛にブレスは吐き出せない。悲鳴をあげようにも、抉るように更に深く。深く深く突き刺さっていく剣。


 血が噴き出し、喉へ落ちていくせいで上手く声を上げられない。ごぼぁ、ともくばぁ、とも、何とも言えない声を上げ、よろよろと後ずさる。だが剣は抜けない。ぐりぐりと抉りながら突き刺さっていく感覚も緩まない。


 ぐるん、とゲオルギウスの目が回り、白目になる。絶命まで間もないだろう。だからこそ起こる現象にアオは気づかなかった。突然、強い力に反対側へと引かれた。腹部に回った腕が、その体を引千切らんばかりの強さでつかみ、引き寄せる。


 攻撃しているのはアオで、呻かなければならないのはゲオルギウスのはずなのに、呻いたのアオ。うぐぇ、と今にも吐きそうなえづく声を上げ、剣の柄から手を離した。一気に引きはがされる。しかし、次の瞬間、引きはがした相手に感謝した。ガギンと音をたて、閉じる口。歯と歯がぶつかり合った。あのままでは反射で閉じられた口に、歯に、腕を食い千切られていただろう。


「ギル、感謝す……」

「このっ馬鹿者がっっ!!!!」


 地に降り立ち、感謝を示せば怒号が落ちた。あまりの剣幕に、びくりと肩を震わすが、目はそらさない。自分が悪いのはわかっている。怒られる理由だって理解している。そして、ギルがアオを心配してくれたことも、十二分に理解していた。それだけ危ないことをしたのだ、と今更ながらに背に汗をかく。


「ブレスを吐こうとしている口に飛び込むとはどういうことだ!! 失敗したらどうするつもりだった!! ブレスを全身で浴びるところだったんだぞ!? それに、腕を食いちぎられるところだったのだぞ!! わかっているのか!?」

「すまん……浅慮だった」


 言い訳はない。


「何故あんなことをした?!」

「腹は、剣が通るか不安だった。口の中なら簡単に通ると思った……っぐっ」


 パン、と響く音。見ていたグズが思わず目をつぶった。ギルがアオの頬を張った音。衝撃にアオが尻もち着くほど強く。すぐに立ち上がり、真っすぐに見つめれば、もう一度。


 乾いた音が響き、アオがよろめく。頬は腫れあがり、鼻血が伝う。それでも無言でアオはギルを見上げた。


「すまん、浅慮だった。泣かんでくれ」


 少し困ったような声。ギルは眉根を寄せる。自分は泣いていない。頬を伝うものはない。何故アオが突然そう言ったのか理解できない。


「何を、言ってるんだ?」


 気がそがれ、気づいた時にはぼんやりと呟くように尋ねていた。軽く首を傾げる。真っすぐ見つめるアオに気圧されるように、じり、と僅かに左足が下がった。


「何かあったのだろうか? いや、普通に考えて、目の前で死なれるのは嫌だよな。すまない。気を付ける。だから、泣かんでくれ」


 手を伸ばし、肩に手を置きたいのだろうが、実際には届かず、腕に触れる。


「いや、だから、泣いては……」

「泣いてる。心が。軋みそうな音が聞こえる。お前は優しくて良い奴だな、ギル。私を仲間だと思ってくれているんだな。嬉しく思うよ」

「俺もアオを仲間だと思ってるっすよ~!」


 突然かかる大きな声。駆け寄ってくるグズ。


「だから、俺も怒ってるっす! それに、アオが怪我したら泣くっす!!」

「うん。すまん。ありがとう」


 めっと指をさされ、頷く。


 完全に殺伐とした雰囲気は消えていた。ギルは大きくため息零し、アオの頭を撫でる。


「戦いの指導が悪かったのは俺達の方だ。お前が無茶な戦い方をした要因だな。一方的に怒鳴ってすまなかった。今後、お前の訓練を変える。普段の鍛錬のほかに、俺とグズと同時に戦ってもらう」

「わかった」

「魔王様の命というのもあるが、お前はもう俺達にとっては大切な仲間だ。一緒に飯を食い、笑い、旅してきただろう? お前にとっては短い期間かもしれんが、俺達は仲間と思うに十分だと思っている。今後は自分の身の安全を念頭に置いた戦い方をしてくれよ」

「ああ」


 本心から、と解る目に、二人との約束は絶対に守る、と固く心に誓った。


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