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運命の影  作者: AkiraNox


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10/31

失われた幸福

――あの日、カイレンは死を知った。


だが、それよりも遥か昔。


彼には、確かに幸せな時間があった。


帝国の果てにある小さな村。


そこには、戦争も権力争いも届かない、穏やかな日々が流れていた。


父・エルドレイン。


母・ノルン。


そして、まだ六歳だったカイレン。


三人は、決して裕福ではなかった。


それでも、笑い声の絶えない家で暮らしていた。


誕生日を祝い、畑を耕し、食卓を囲む。


そんな何気ない日々こそが、カイレンにとって何よりも大切なものだった。


――しかし。


その幸せが、永遠に続くとは誰も思っていなかった。


これはまだ、誰も「不死者」と呼ばれる前のカイレン。


彼が失うことになる、最後の幸福の記憶である。

グシャッ!!


リカードの身体が地面へ激しく叩きつけられた。


砂埃が辺り一面に舞い上がる。


そして彼の身体は、その場に倒れたままだった。


口からは血が流れ落ちている。


「もし……身体強化による防御魔法を使っていなかったら……」


「俺は今頃、死んでいた……」


リカードは必死に身体を起こそうとする。


そして、目の前に立つカイレンを見上げた。


「最初から……」


「俺に勝機なんてなかった……」


「いや……」


「お前と戦った誰も……」


少し間を置き、リカードはカイレンを鋭く見つめる。


「それは……」


「お前が一度も魔法を使わなかったからだ」


「城で使った時でさえ……」


「第五階級魔法しか使っていない」


カイレンは何も答えなかった。


リカードは弱々しく笑う。


「殺せ」


カイレンは彼を見る。


「そのつもりだ」


カイレンは手を高く上げる。


しかし……


止まった。


リカードは不思議そうに尋ねる。


「どうした?」


「俺を殺さないのか?」


「いや……」


「殺す」


「だが……」


「お前は不死身になったとはいえ……」


「まだ心を持っている」


「今日、お前は多くの人間を殺した」


「数日は眠れないだろうな」


そこで言葉が途切れる。


リカードの目が大きく見開かれた。


そして……


その目は血で赤く染まっていく。


カイレンは黙ったまま彼を見つめる。


リカードの身体は、完全に動きを止めていた。


カイレンは静かに呟いた。


「……死んだ」


「出血によってな」


カイレンは空を見上げる。


……


過去――


7182年。


帝国の果て。


南東の大地にある小さな村。


そこは王宮の声も、王国同士の争いも届かない場所だった。


そこには、静かで穏やかな日々が流れていた。


一人の男が薪を背負い、村の土の道を歩いている。


すると、村人の一人が声をかけた。


「こんにちは、エルドレインさん」


名:エルドレイン

年齢:28歳

基本魔法:なし

階級:強化魔法を使用する戦士。


エルドレインは微笑んだ。


「こんにちは、おじさん」


そして歩き続ける。


一歩……


また一歩……


やがて彼は自宅へ到着した。


扉を開ける。


「ただいま」


すると、小さな子供が駆け寄ってきた。


「おかえりなさい、お父さん!」


エルドレインは笑う。


「ただいま、カイレン」


名:カイレン

年齢:6歳

基本魔法:???

階級:なし。


カイレンは笑顔で答えた。


「おかえり、お父さん」


その時、家の奥から女性が出てくる。


「おかえりなさい、あなた」


名:ノルン

年齢:24歳

基本魔法:水魔法

階級:なし。


エルドレインは彼女へ微笑む。


「ただいま、ノルン」


薪を横へ置き、椅子へ座る。


「今日の夕食は何だ?」


ノルンは笑った。


「ケーキよ」


エルドレインは驚いたように眉を上げる。


「本当か?」


「何か特別な日だったか?」


ノルンは恐ろしいほど冷たい視線を向けた。


一瞬、静寂が流れる。


「あなた……」


「今日が何の日か忘れたの?」


エルドレインの身体が固まる。


「え?」


そして表情が変わった。


「あ……」


「しまった……!」


カイレンは父を見る。


「お父さん……」


「今日は僕の誕生日だよ」


エルドレインは額を手で叩いた。


「はぁ……そうだった、そうだった!」


「どうして忘れていたんだ……」


「ごめんな、カイレン」


カイレンは笑った。


……


その夜。


小さな家族は、テーブルを囲んでいた。


中央にはケーキが置かれ、蝋燭の明かりが静かに部屋を照らしている。


ノルンはカイレンを見つめながら微笑んだ。


そして二人は、彼のために歌い始めた。


「この美しい日に……」


「小さな光が私たちの元へ生まれた……」


「家を笑顔で満たすために……」


「毎日をもっと温かくするために……」


「大きくなれ、カイレン……幸せに……」


「希望に満ちた心を抱いて……」


「どれほど長い道のりでも……」


「いつまでも家族は君のそばにいる……」


カイレンは幸せそうに微笑み、蝋燭の火を吹き消した。


エルドレインとノルンは彼へ拍手を送る。


小さな家には、三人の笑い声が響き渡っていた。


誕生日の祝いが終わる。


ノルンはカイレンの元へ近づいた。


そして、鉄で作られた小さな花の模様が刻まれた首飾りを渡した。


「カイレン……」


「これはあなたへの誕生日プレゼントよ」


「この花は永遠の幸せを意味しているの」


「いつまでも幸せな人生を歩んでほしい」


カイレンは輝く瞳で首飾りを見る。


「ありがとう、お母さん」


「一生、大切にするよ」


ノルンは優しく微笑んだ。


「ありがとう」


そこへエルドレインも近づいてくる。


「カイレン……」


「今日が誕生日だって忘れてしまって、本当にすまなかった」


「でも、六歳になった記念にプレゼントを渡したい」


「少し待っていろ。今、持ってくる」


エルドレインは上の階へ向かった。


しばらくして……


彼は何かを両手に抱えて戻ってきた。


それは……


一本の剣だった。


カイレンは驚いた表情でそれを見る。


エルドレインは言った。


「ほら」


「この剣はお前のものだ」


ノルンは驚いて剣を見る。


「この大きさの剣を持たせるには、まだ早すぎない?」


エルドレインは笑った。


「違う」


「今すぐ使えと言っているわけじゃない」


「これは約束だ」


「大きくなった時、この剣を使うという約束」


「いいか?」


カイレンの瞳は輝いていた。


彼は慎重に剣を手に取る。


「うん……」


「約束する」翌日……


太陽が静かに村の上へ昇った。


黄金色の光が木々の間から差し込み、小さな家々を囲む広大な畑を優しく照らしている。


村人たちは朝早くから外へ出ていた。


ある者は畑へ向かい、ある者はいつもの仕事を始めている。


とある畑では……


エルドレインが土を耕していた。


その隣では、カイレンが興味深そうに父の姿を見つめている。


カイレンは好奇心いっぱいに尋ねた。


「お父さん、今日は何を植えるの?」


エルドレインは笑顔で答える。


「ジャガイモと玉ねぎだ」


カイレンは嬉しそうに近づいた。


「僕も手伝う!」


エルドレインは小さく笑った。


「そうか」


「なら、鍬を持ってきて手伝ってくれ」


カイレンは勢いよく走って取りに向かった。


しばらくして……


彼は自分の身体よりも大きな鍬を、必死に抱えながら戻ってきた。


それを見たエルドレインは微笑む。


「無理に強いところを見せようとするな」


「仕事は力だけでするものじゃない」


「大切なのは、我慢強さだ」


カイレンは元気よく頷いた。


「覚える!」


そして二人は一緒に作業を始めた。


カイレンは父が指示した場所へ種を植えていく。


時々顔を上げ、まるで自分が大きな仕事を成し遂げたかのように畑を眺めていた。


エルドレインはそんな息子を、優しい笑顔で見守っていた。


彼にとって……


これはただの農作業ではなかった。


息子と過ごす、大切な時間だった。


しばらくすると……


一人の年老いた男が畑へ近づいてきた。


「こんにちは、エルドレインさん」


エルドレインは作業を止める。


そして警戒するように男を見る。


「……こんにちは」


「久しぶりだな」


エルドレインの目は、男から離れなかった。


男はそれ以上何も言わなかった。


ただ一瞬だけ彼を見つめ……


そして、その場を去っていった。


カイレンは男の姿が見えなくなるまで、じっとその背中を追っていた。


そして尋ねる。


「お父さん……あの人は誰?」


エルドレインは静かな声で答えた。


「ただの男だ」


少し間を置く。


「……本当なら、とっくに死んでいるはずの男だ」


カイレンは黙ったまま、男が消えた道を見つめていた。


それに気づいたエルドレインは言う。


「そのことは忘れろ」


「ほら、早く続きをやろう」


「夕食までには家に帰らないとな」


カイレンは頷いた。


「うん」


……


家に戻ると……


ノルンは床を洗い、部屋を整えていた。


エルドレインは声をかける。


「ただいま、ノルン」


彼女は振り向き、微笑んだ。


「おかえりなさい、二人とも」


「今日の畑仕事はどうだった?」


カイレンは嬉しそうに答える。


「楽しかった!」


ノルンは息子の楽しそうな表情を見て喜んだ。


「本当?」


「楽しめたなら嬉しいわ」


エルドレインは椅子に座り、疲れたように息を吐く。


「今日は本当に疲れた……」


「それに腹も減った」


ノルンは笑った。


「お疲れ様」


「今、夕食を用意するわ」


そう言って台所へ向かう。


すると、家の中には食器の音が響き始めた。


カイレンは父の隣に座り、畑で起きたことをすべて話し始める。


鍬を持った時のこと。


何度も転びそうになったこと。


その様子を真似しながら話すカイレンを見て、エルドレインは静かに笑っていた。


しばらくして……


ノルンが料理をテーブルへ並べた。


家族三人は夕食を囲む。


食事は質素だった。


しかし……


そこには温かな幸せがあった。


カイレンは嬉しそうに食べながら言った。


「お父さん」


「僕、大きくなったらいつも畑を手伝うよ」


エルドレインは一瞬息子を見る。


そして微笑んだ。


「強い戦士になってもか?」


カイレンは自信に満ちた表情で顔を上げる。


「うん!」


「僕は強くなる」


「でも……二人を置いていかない」


ノルンは優しい笑顔で息子を見る。


「あなたが元気でいてくれるだけで十分よ」


美しい静寂が、しばらく家を包んだ。


家の外では……


風が木々の間を通り抜ける音が響き、小さな家々の明かりが村の中で輝いていた。


その夜……


エルドレインの家族は、何気ない一日を過ごしていた。


しかし彼らにとって……


それは幸せに満ちた、大切な一日だった。

その夜。


小さな家の明かりが消え、村は静かな闇に包まれていった。


カイレンは何も知らず、幸せな夢を見ていた。


明日も父と畑へ行き、母の作った料理を食べる。


そして、いつか大きくなったら――父からもらった剣を握る。


そんな未来を、疑うこともなく。


窓の外では、夜風が静かに吹いていた。


誰も知らない。


この穏やかな日々が、どれほど脆いものなのかを。


そして――


この小さな家族に待ち受ける運命が、すでに動き始めていたことを。


カイレンの幸福な時間は、静かに終わりへと近づいていた。

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