逃げ出そう、この永遠の冬から
逃げ出そう。
ここから。
この永遠の冬――ハルス魔導学院から。
銀髪の少女ミハルは、白髪の幼子ククルの手を取って走っていた。
白亜の森を駆ける。足跡は残らない。すぐさま吹雪で攫われてしまう。
白樺の森を、カラスたちが縫うように飛び回っている。
白い。
この異様な空間は、カラスまでも白いのだ。
幼子の手が、ふいにミハルの掌からすり抜けた。
枯れた木の枝に足を取られ、転んだのだ。
夕闇せまる薄暮の中、カラスたちが襲いかかる。
鋭い嘴がターバンをたちまち食い破り、見る影もないほどに引き裂いていく。
ミハルは息を呑み、駆け寄った。
カバンではたいて追い払うと、ククルの手を強く握る。
そのまま、生い茂る森を一息で駆け抜けた。
森を抜けた先は、外界への出口だった。
実に貧相なつり橋が掛かっている。
切れそうな縄を慎重に手繰り、
軋む木材を踏みしめながら、
前だけを見据え、目印の石を目指して渡りきる。
振り返ると、壮麗な学院がそこにあった。
こんなに遠くても、磨き抜かれた大理石は魔力を帯び、眩いばかりに輝いている。
つり橋を掴んだミハルの手は、ブルブルと震えていた。
縄が食い込んだ跡は、消えそうにもない。
「――間違っているのは世界だ。この子じゃない」
そう呟き、ミハルはくるりと背を向けた。
守ると決めた幼子の顔を見つめる。
あどけない。
そこには、過ちを犯した者に見られる陰鬱な暗さが、微塵もなかった。
「大丈夫。まだ人は殺していない」
安堵の息を吐く。
白く細い煙が、深い夜空の向こうへ立ち上っていく。
天頂の月は、静かな白光を放ち、
穏やかに二人を見つめているようである。
噛みしめるように、ミハルはそっと、
胸の奥に残っている、名もない温もりを思い返していた。




