第34話「想像していた雪山と違うのですが」
「へっくしょんっ!」
「寒い……。エルたん、寒いよ……」
結局、次の日になって、俺たちは魔王城の北にある氷山、「ブラッドスノー」に足を踏み入れることになってしまった。
もうすでに、歩き始めて数時間は経っている。まだ山にはついていないが、辺りは気温が低くなってきた。
「ねぇ、フューレ様……。あなたがここらへんの地域を一番知っていますよね?」
「うん」
「今って気温、何度くらいなんですか……?」
「この場所は3℃」
「さんっ……!?」
山に登る前からそんな低いなんて、聞いてない。
精一杯マフラーだのコートだのを着こんできたのに、すでに寒気がするんだが。
俺、どこかで凍死するかな……。
「フューレ様は寒くないんですか……?」
「ん、何も感じない」
嘘だろぉ……?
フューレは防寒着を何も身に着けてないのに。うんともすんともしない顔で、堂々と歩いているんだが。
さすがは魔王の娘だ。魔王本人は、風邪ひいたけどな……。
「ルパは大丈夫なのか? 俺より着ている服が少ないが……」
「……まだ平気だよ。ボク、羽があるから」
ルパは白い翼で自分の体を覆っている。
くそっ! こいつには羽が生えてるんだった。俺はあいにく、服以外はすっぴんの人間だからな……。
「あとでその羽の中に入れてくれない……?」
「いいよー」
「執事、前を見ろ」
急にフューレから声をかけられた。
前方を見ると、なにやら洞窟のような、大きな穴が空いている。
「……なんだここ?」
しかも、洞窟の入り口の前に謎の看板。
こういう構造、前にもどこかで見たような――
『ただいま留守中 立ち入り厳禁』
「おいおいおい! やっぱ見たことあるぞこれ!」
思い出した!
俺が執事になりたてほやほやの時だ。ドラゴンの卵を取ってこいと言われたとき、そのドラゴンの巣も同じ、洞窟の前に看板がある状態だった。
まさか、ここにも別のドラゴンがいるのかよ!?
「もしかしてまた俺、あなたの大ファンですとか言わなきゃいけないの……?」
「……ここのグリフォン、ずっと帰ってきてない」
「えっ、ドラゴンじゃないんですか?」
ここに住んでいるのは、ドラゴンじゃなくてグリフォンなのか……。
あの、上半身がワシで、下半身がライオンのモンスター。あいつも俺の小学生時代のヒーローだったな。
「帰ってきてないって……、それって大丈夫なんですか?」
「知らん」
「えぇ……」
フューレは特に関心がないように進みだす。知り合いだったりするのなら、もう少し心配してあげてもいいと思うけどな……。
「エルたん、もうそろそろ山じゃない?」
ルパが目の前を指さす。
雪が積もっていて、坂になっている。山のふもとの入り口ってわけだ。
はぁ……。
もう登る以外の選択肢には退けられないわけね。
「じゃあさっさと行きますか……。早いことルパの力を取り戻して、帰ろ」
「レッツゴー!」
いつも通りのフューレと、少々ハイテンションなルパ。
不安要素しかないメンバーを引き連れて、俺は山の中へと一歩を踏み出した。
「そういえば、ブラッドスノーの名前の由来は、登山者が何人も死んでるって聞きましたよ。一体何が死因なんでしょうかね」
来る前から、純粋な疑問だった。
デュークは教えてくれなかったし。そんな物騒な山に、来たくなかったんだけどな……。
「やっぱり、この寒さですか?」
「登山者は魔族がほとんど。魔族は寒さ程度じゃ死なない」
「えっ、では……」
「魔物に襲われたから死んだ」
……ちょっと待って。
少し待ってくださいね、フューレ様?
「魔物が……出る?」
「でっかい魔物。肉を食べるのが大好物……」
「なんでそれを先に言わなかったんですかああああああああっ!!」
俺は近くの木にしがみついた。
やっぱりあの魔王は、俺が行きたくなくなるような情報は伏せて話すんだ! 魔物がいるって知ってれば、もっと必死に行かないって言ったのに!
今までハイエナ人生を送ってた俺は、実戦経験が皆無なんだよぉ……!
「もし魔物が出たら、私はどうしようもないですよ!?」
「大丈夫。執事が雑魚でも、私がぶっ潰す」
「……あぁ、相変わらず頼りになりますね……。ハハ……」
そうだった。こっちには魔物を凌駕する怪物がいたんだったな。
じゃあ、多分まぁ大丈夫だろう。俺とルパで、フューレの後ろに隠れていれば。
「やっぱり、最強はフューレ様だぜ!」
「……執事」
「え?」
「前から、雪崩が――」
俺は口をあけたまま、前を見つめた。
――ガラガラと音を立てて、ものすごい勢いで雪の塊が流れてきている。
「うあああああああああああああっ!! 雪崩だっ!!」
運が悪すぎるだろ!
安心した直後に自然災害とか、ここは地獄か!?
「執事、早く逃げろ」
「えぇっ、もう!?」
すでにフューレは猛ダッシュで来た道を戻り始めている。
ちょっと、みんな速すぎない!? 俺を置いていかないで!
俺は生身の人間だから、あんな雪崩にのまれたらイチコロなんだよ! 俺を見捨てるなああああああっ!!
「エルたん、ボクの手を取って!」
頭上から、翼で飛んでいるルパが手を差し伸べてくれた。
なんていいヤツなんだ、お前……!
「ありがとうな、ルパ」
「早く上の方に飛ばないと!」
俺はルパの手を掴む。
すると、ルパは音を立てて羽ばたき、上空へ避難した。
雪崩が過ぎていく。
「危ねぇ~。ルパがいなきゃ、俺死んでいたかもだぜ……」
「エルたん、大丈夫?」
「あぁ……。炎だの水だの、そして雪だの。今まで死にそうな経験なんて、何度もしてきたからな……」
結局、死ぬとか叫んで何とか生き延びる。
俺も丈夫になってきたもんだよなぁ。
「……そういえば、フューレは?」
「あれ? いないね」
「……はっ?」
上空から見下ろしても、さっきダッシュで逃げ去ったフューレの姿が見えない。
おいおい、冗談だろ。まさか、今の雪崩ではぐれたってことか?
「雪山で、はぐれた……。これ絶対ヤバいよな!?」
「そ、遭難しちゃった?」
「今ならまだ引き返せるけど、フューレなしで帰ったら、魔王の怒りが噴火する。いくらあいつが強くても、5歳児をひとり放っておくのはマズいって!」
大きな雪山で、頼みの綱でもあったフューレとはぐれてしまった俺たち。
――このあと、予想もしなかった大ピンチに陥るのだが……。




