39話「面倒な物を拾ってしまった。粘着質な王太子にご用心」
ミドガルズオルムの住処から王都に戻る途中、リスベルンの王太子と兵士を乗せたカヌーと再び遭遇した。
空気と水を浄化し、食料も分け与えた結果か、彼らは午前中に会った時より元気そうに見えた。
「クヴェルたん、リスベルンの王太子と兵士達がいるよ」
「そうだね」
クヴェルたんは彼らにあまり興味がないらしく、そっけない返事が返ってきた。
「リスベルンの王様から、王太子を助けるように依頼されていたよね??」
「そうだっけ?」
クヴェルたんたら忘れてるのかしら? それとも忘れた振りをしてるの?
「食料も水も分け与えたし、湿原の空気も水も浄化されたし、ほっといても自力で帰れるんじゃない?」
クヴェルたんは庶民には優しいが、王族や兵士には冷たいところがある。
ここからカヌーで帰るとなると、三日から一週間ほどかかるのではないだろうか?
国王も兵士の家族も、彼らが無事に帰還するのを一日千秋の思いで待っていることだろう。
「帰り道は一緒だし、彼らの船を引っ張って行けないかな?」
クヴェルたんは私のお願いに弱い。口ではあれこれと冷たい事を言うが根はお節介だ。ダメ元でお願いしてみよう。
「はぁ……アデリナは本当に人がいいね」
クヴェルたんが折れてくれた。
クヴェルはカヌーに向かってゆっくりと降下していく。ステルスの魔法を使っているので私達の姿は彼らには見えない。
行くときは霧で太陽が隠れてた。ミドガルズオルムを浄化したので霧が晴れ、太陽の光が降り注いでいる。
クヴェルたんの影が湿原に大きな影を作っている。姿が見えなくても勘の良い人間には、誰が助けたのかわかってしまうかもしれない。
クヴェルたんは竜神としてリスベルンに協力する気はないので、まずいかもしれない。
しかし、彼らが見たのはあくまでクヴェルたんの影だ。いくらでも言い訳できる。
私はカヌーに向かってロープを下ろした。ロープでカヌーとカヌーを固定して、纏めて引っ張っていく作戦だ。
リスベルンの王太子が「女神〜〜! またあなたの鈴のようなお声が聞けて光栄です!! なんと神々しくも美しく神秘的なお声なんだ〜〜!」空に向かってなにか叫んでいる。
王太子は毒が抜けきらずに幻覚を見ているようだわ。
面倒なので王太子は無視し、話が通じそうな隊長に必要事項を伝えてロープを船に結んで貰った。
片方の端をカヌーに結び、反対の端をクヴェルたんのしっぽにくくりつけた。
全ての準備が終わるとクヴェルたんは川沿いにゆっくりと飛び始めた。
行きは猛スピードで、真っ直ぐに飛んできた。
帰りはくねくねと曲がる川の上を、カヌーを引きながら進んでいる。
クヴェルの飛ぶスピードは行きの半分くらいだ。
西の空に日が沈みかけてきた。このペースだとリスベルンの王都に着く頃には夜になっているだろう。
しょうがないよね。王太子と兵士を置いて帰るわけにもいかないし。
クヴェルたんには無理を言ってしまったので、後でお礼をしないとね。
早く王宮に帰って、ふかふかのベッドで休みたい。
◇◇◇◇◇◇◇
リスベルン王国、王宮、夜九時。
リスベルン王都近くまで来たので、カヌーを繋いでいたロープを外した。
ここまで来たら王都は目と鼻の先だ。自力で帰れるだろう。
「女神が直に手に触れたロープ! 私をこのロープでぐるぐる巻きにして解かないでくれ!!」
暗闇にリスベルンの王太子の声がこだましている。
テオドリック様はミドガルズオルムの毒に冒され、幻覚に冒され深刻な状況のようだわ。一刻も早くお医者様に診てもらった方がいいわね。
彼らを川に残し、私達は一足先に王宮に帰った。
クヴェルたんは屋上に降り立つと、人間の姿に戻った。
今日一日でいろんなことがあったのでクヴェルたんも疲れてるみたい。
国王にミドガルズオルムを浄化したことと、王太子と兵士を王都の近くまで運んだ事を告げ、休むことにした。
詳しいことは明日伝えればいいよね。
国王は安堵の表情を浮かべ、王太子を迎えに行くように兵士に命じていた。
明日は王太子の帰還とミドガルズオルムを浄化したお祝いの宴が開かれるそうだ。
美味しいものが出るといいなぁ。
クヴェルたんにライニゲンダー・シャワーの魔法をかけてもらい、天蓋付きのベッドに潜り込む。
大人の姿に戻ったクヴェルたんと口付けを交わし、クヴェルたんの温もりを感じながら眠った。
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